ホワイトバンドはチャリティじゃない、ってどういうことだろう? ニジェールの飢餓問題を事例に考える

 ホワイトバンド(昨日の記事および公式サイト参照のこと)はチャリティ(慈善)じゃないというのはその通りである。チャリティというのは、AからBにお金を渡すことであり、そこにはAのほうがBよりエライ、という含意が払拭しがたい。また、お金の使途についてはなるべく多くを現地の「困っている人」に渡す方がよく、その使途のモニタリングに消えていくのは「効率が悪い」と考えられたりもする。そこで、むしろ欧米ではホワイトバンドが「チャリティであるべきではないのに、チャリティっぽく宣伝されいてる」「ドナー側(のボノやゲルドフ)が偉そうだ(白人のくせにっ!)」「現地の声がほとんど聞こえてこない」といった非難が多かったように思う。本来、チャリティで世界が救えるという考え方が時代遅れだと見なされているのである。ところが、日本では「実はチャリティではない」ことに批判が集中している。なぜそこが欧米と日本で逆転してしまうのか、「ホワイトバンドを巡る議論についての覚え書き」の続きで議論してみようと思っていたのだが、その前に、この問題に深く関係するニュースが報じられたので、チャリティの必要性と限界について考えてみよう。

※ ところで、些細なことですが「ホワイトバンドは募金じゃない」としているのは間違いで、その使途がチャリティであれ政党活動であれお寺の建設であれ、そしてもちろんNGO活動であれ、一般にむけて広く資金を求めたら「募金」でいいんだと思いますけどね。日本語としては…。

 現在、ニジェールを中心とした西アフリカ諸国に深刻な飢餓問題が発生している。こういった場合、国連世界食糧計画(WFP)といくつかのNGOによる緊急援助が行われる。たとえば日本でも国境なき医師団日本支部などが事態を伝えている
 この問題についてWFPと国境なき医師団が対立しているとBBCが報じている。要点は、撤退時期についてであって、収穫期を前に撤退を決めたWFPと、時期尚早だと考える国境なき医師団という立場の違いが明らかになった。もちろん、撤退が早すぎれば飢えて死ぬ人(多くの場合は体力のない子どもであろう)が出てくることになる。では、なぜWFPは撤退を急ぐのだろうか? そもそも緊急援助のための資金はつねに潤沢ではない(この部分にはどうしても「チャリティ」という要素は必要である)が、事情はそれだけではない。
 緊急食料援助というのは、深刻な飢饉にさいして基本的には地域外から食料を運んでくることである。しかし、これには様々な副作用が存在する。たとえば、作況が回復しても援助物資が出回っていることは、地域の経済と農業システムを破壊してしまうのである。
 穀物というのは一般に価格によって劇的に消費量が変化するものではないいっぽう、生産までそれなりの時間(ふつうは半年)かかるので、市場の動向を見ながら商品を投入していく、という資本主義的な戦略が難しい。そこで、供給量がすこしでも減れば市場価格は高騰するし、すこしでも大きければ価格は急落する(このことについてはすべてのミクロ経済学の教科書に書かれているはずなので、わからん、という人は確認してみて欲しい)。特に、昨今の国際経済の状況だと、この価格の流動性が、投機的な取引を呼び、さらに価格の流動性を高めている。もちろん、アメリカの大農園主のような立場にあれば、保険をかけることもできるし、穀物を扱う金融商品をリスクヘッヂのために使うことができるが、そもそも現金収入をほとんど持たない第三世界の小農たちにそれは難しい。
 そこで、収穫期に援助物資が大量に出回っていると、せっかく収穫した穀物が適正な値段で売れないことになる。その場合、農民たちは出稼ぎに出ざるをえなくなるので、農地は放棄される。また、多くの場合農民は種や肥料、時には水の権利などを借金して買っているので、その年の利益が十分でなければ、借金のかたに土地を手放すことになる。そういった場合、ほとんどの土地は穀物ではなく、換金性の高いプランテーション作物(地域にもよるがコーヒー、紅茶、さとうきび、花卉など)に転用されることになる。これらはもちろん地域住民のカロリー源としてはほとんど貢献しないので、緊急援助が適切な時期に打ち切られないことによって、単なる一時的な(ふつうは単年度の)飢饉を、恒久的なものに組み替えてしまうことになりかねないのである。
 アフリカで見られた例であるが、ある地域に対する緊急援助として米が大量に供給された。ところが、この地域はもともと米食の風習を持たず、また、米をより多くの量のトウモロコシ粉と交換することができたため、多くの住民が米をトウモロコシ粉と交換することを選んだ。この交換された米は近隣の、米食の習慣を持つ国に流入し、安価に売られたために、その国の農村経済が大打撃を受けた、という事例も知られている。
 アマルティア・センも有名な著作『貧困と飢饉』などで述べているように、多くの場合自然環境は飢饉のきっかけにすぎず、社会経済的な条件が飢饉を決定づけ、恒常化するのである。そのため、緊急食料援助の主要な役割は、単に「大量の食料をA地点からB地点に運ぶこと」ではなく、ある国や地域の食料市場の価格を適正に保つことなのである。
 今回の問題も、食料の需要と供給について、異なるデータと予測を持っている二つの組織が、市場の動向についての予測で対立している、ということになる。こういった問題は正解があるわけではないので、オープンに議論されていることそれ自体は好ましいことであるとも言える。
 90年代以降、欧米のNGOがチャリティからアドヴォカシーへと活動の重心を移していったことには、こうした背景がある。また、WFPのような公的な組織が一元的に自体を掌握するのではなく、大小無数のNGOが重要視されるようになったのも90年代という時代背景が作用している。一つには、この時期ヴェンチャー企業が隆盛したのと同様、小さな組織が様々な方針で動いて、一番うまく機能しているものが生き残るという一種のコネクショニスト・モデルが時代の要求に迅速に、かつ効率よく対応できるという前提が共有されてたことがある。もう一つ、より切実な事情として、予算の問題がある。必要な知識を持った専門家を国連などの公的機関で抱えれば一千万以上の人件費が必要になってくるのに対して、NGOであれば(特に現地での研究を行うセクターで)安定より研究の自由度を好みがちな専門家が半分から1/3ぐらいの人件費で雇用できたからである。
 そんなわけで、90年代以降のNGO活動は、チャリティーモデルからアドヴォカシーモデルへと変貌を遂げたのであり、Live AidとLive 8の違いもそこに立脚していると言って良い。では何故、日本だけはそうした流れから取り残されているように見えるのであろうか? 次にその点について考えてみたい…かも。

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コメント(8)

ほっとけない故に考える :

いきなり傍流に触れる形になってしまいますが、募金についての注釈は全くその通りだと思います。国内の議論は募金について争っているようですが、そんなことよりも国益に適うかどうかの視点こそ重要でしょう。

日本政府の国際的戦略は英米に次ぐ第3位という立ち位置のようですが、国の能力を考えた結果の現実と受け入れるのが妥当ということなのでしょう。

英米は武器輸出で相殺できますが、日本にはどのような見返りがあるのでしょうか。何も見返りがないということはないと思います。

最貧国債務
日本、最大6200億円負担へ

 アフリカを中心とする最貧国が世界銀行グループなどの国際金融機関に対して負っている債務の全額削減問題で、日米欧などの主要国(G8)が削減総額の70・19%を負担する方針で合意したことが十八日、分かった。日本の分担は米英に次ぐ三番目の13・17%で、最大約六千二百億円分を負担する。国際金融筋が明らかにした。

 日本の負担額が明らかになったのは初めて。今月二十三日にワシントンで開かれ、日米欧などが参加する先進七カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)でG8の合意を確認。二十四、二十五日に予定の国際通貨基金(IMF)・世銀総会で、北欧や中東などG8以外の債権国の賛同を得ることを目指す。

 最大の債権国グループであるG8が負担割合で合意したことで、最貧国の債務削減問題は解決に向け最終局面に入った。

 G8の試算によると、今回合意した債務削減対象額は、債務の大半を占める世銀グループの国際開発協会(IDA)向けで、最大約四百二十五億ドル(約四兆七千億円)。対象は、アフリカや中南米などの最貧国三十八カ国。G8の負担割合は、米国が20・12%で、二番目英国が13・82%。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20050919/mng_____kok_____005.shtml

かすが :

ほっとけない故に考えるさん
 コメントありがとうございます。

> 英米は武器輸出で相殺できますが、日本にはどのような見返りがあるのでしょうか。何も見返りがないということはないと思います。

 国益論や日本のメリットについては長くなるのでまた書きますが、とりあえずGCAP参加のNGOのほとんどが、主要国による第三世界への武器輸出に反対しています。
 武器輸出規制は、安保理五カ国が主要な武器輸出国であると言うこともあり、国レベルでそういう議論をするのはいろいろな困難がつきまといますから、まずNGOと国際機関で監視運動をつくっていこう、という議論が一般的だと思います。
 援助と見せかけたボッタクリを許さないことも、アドヴォカシー型NGOの重要な役割ですね。

ほっとけない故に考える :

頂いたキーワードを基にして勉強してみます。
ありがとうございました。

らら美 :

昨日、ニジェールの首相が食料援助をやめてくれと発言したっていうニュースを見て、春日くんのコメント無いかなーと思ってたから、さすがですね。
BBCの記事↓より分かりやすい背景説明になっててありがたいです。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/4253060.stm

ほっとけない故に考える :

恥ずかしながら、らら美様が張られたリンク記事を拝見して、Mr.もじょ様(春日様?)がこの日記を書かれた趣旨を理解できました。私の最初の書き込みは全く本筋から外れており、大変失礼いたしました。

どら :

一連の「ホワイトバンド」騒動のなか、的確に問題をまとめられていらっしゃり、面白く拝見いたしました。

ところで、「チャリティ活動からアドボカシーへ」のところ。私が実際に現場で見たところが抜けているので、コメントさせてください。

先進国NGO(特にヨーロッパ)がアドボカシーに急速に軸足を移していく背景には、これまで先進国NGOを援助の重要なプレーヤーとして扱い、プロジェクト実施のエージェントとして資金を流し続けてきた援助機関(英国DFIDなどが良い例)が、先進国NGOをバイパスして途上国NGOに直接資金援助をするようになり、先進国NGOがその存在意義をといなおすことになった背景が一番大きいのではないでしょうか。これは、実際に英国系大手NGOで過去議論され、一部は実際に本部を途上国に移転し「南のNGO」と趣旨替えしたり、新たなパートナーシップの形を模索したりということを行っています。その中で、「北の」NGOとしてできることとしてアドボカシー活動などが重要視されるに至っているのです。

この点につき実際に証言しているものが以下にあります。ご参考まで。
http://mywebpages.comcast.net/NGOcolumn/020816kk.html
http://mywebpages.comcast.net/NGOcolumn/020821nk.html
http://mywebpages.comcast.net/NGOcolumn/021216nk.html
http://mywebpages.comcast.net/NGOcolumn/subjectindex.html#north_south

Chieee :

はじめまして。
長いことこちらのblogを興味深く拝読させていただいており、今回初めてTBさせていただきました。
援助物資による穀物市場への影響や、チャリティからアドボカシーへの流れなど知識不足だったところが多く、勉強になりました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

かすが :

 みなさま、コメントありがとうございます。
 間が抜けたお返事ですいません。

どらさん
 おっしゃる点は確かに重要だと思います。
 それと、欧米だと人材的な交流が進んでいて、もはやどこに本部があってもどうでもいい、という側面もありますね。
 たとえばロンドンにある、アフリカ援助について活動している NGOのディレクターがインド系だの東南アジア系だの、なんてのは別に珍しくないわけで…。
 そういう、「下からのグローバリゼーション」としての人材交流に、日本もうまく巻き込めればいいとも思うのですが…。

Chieeeさん
 ブログ拝見しました。
 「ニジェール大統領「援助不要」発言に関するメモ」は私も読んでいない記事もあって、参考にさせて頂きました。

 私もブータンには一度行ってみたいと思っています。
 ブログ、今後も楽しみにさせて頂きます。

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このページは、かすががSeptember 17, 2005 6:41 PMに書いたブログ記事です。

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