ジョゼ・ボヴェ、仏大統領選出馬表明

 

 ロイターによれば、ジョゼ・ボヴェが2007年に予定されているフランス大統領選に出馬を表明した模様。
 Bove sets sights on French top job (CNN.com)

 ボヴェは「私は歯止めのない自由市場に反対する左派を連合させるための候補だ。それは、環境的で、反生産至上主義、反グローバル主義の候補と言うことであり、また社会党の左に位置する候補と言うことである」と述べたらしい。
 同時に、ニコラ・サルコジ内相による郊外の若者たちの暴動に対する厳罰主義(「法と秩序」ポリシーと呼ばれる)を避難し、人種主義も郊外の排除も認められないと述べた。

 今のところ左派の候補として決選投票に望む可能性が高いのは最大野党であるフランス社会党の候補であろう。ちなみに社会党は環境大臣や教育大臣を歴任し、オランド党首のお連れ合いでもあるセゴレーヌ・ロワイヤルを党の候補として選出するのではないかと推測されている。しかし、フランスの情勢を考えてみると、まったくボヴェに可能性がないというわけでもない。

 ジョゼ・ボヴェはフランス・ラルザックに拠点を置く反戦・農民活動家であり、フランス農民連盟(Confederation Paysanne)や通貨取引税の導入を求める世界的な運動ネットワークであるAttacの幹部としても知られる。
 1999年にはEUがホルモン添加(発ガン性が指摘されていた)された牛の輸入を規制したことに対し、アメリカがロックフォール・チーズなどに対抗関税を課したことなどに抗議、ミヨーに建設中であったマクドナルドを「襲撃」してみせるパフォーマンスで一躍有名になった。実はこの「襲撃」は地元警察とも合意済みの演出されたパフォーマンスであったらしい。しかし、当時世界貿易機構(WTO)閣僚会議を控え、経済のグローバル化(ネオリベラル化)を巡って緊張が高まっていたため、世界各国のメディアがこの「襲撃」を反グローバル化、反WTOの象徴として報道、ボヴェの名は(本人の意図以上に)世界的なものになっていく(最終的にはこの事件でボヴェは6週間投獄される)。
 その後もアメリカ、ブラジル、インドなど各国で行われる反ネオリベラリズム運動に姿を見せ、ボヴェの存在はフランス内外で象徴的なものになっていく。特に、モンサント社の遺伝子組換え作物実験農場を「襲撃」、育てられていた遺伝子組換え作物の引き抜きを行ったことにより逮捕されたことは、世界中の話題をさらった(この事件では14ヶ月の判決を受けるが、イラク問題を巡るアメリカとフランスの対立激化などによって、国民融和を望んだシラク大統領によって特赦を受ける)。この問題については「私有の権利に対する度し難い侵害」という立場と「一般人の生活が脅かされていると判断できる場合は、緊急避難的に(特に法人の)私有の権利は制限されうる」という立場の間での議論が噴出した。法的にはボヴェに一定の責任を負わせる判決が下されたが、一般に政治活動や自己表現に対して寛容なフランス社会はボヴェを「大統領より有名な政治活動家」として評価する傾向にある。
 このあたりの感性は日本社会とはだいぶ異なると言える。とは言っても、モンサント実験農場襲撃直後の2002年に(私もちょっとだけ加わって)ボヴェを日本に招待したが、京都でも学生を中心に(京都での公演が平日の午前中になってしまったから)200人ほど集まったし、東京では700人の会場がいっぱいになり入場を制限する事態となったので、ボヴェの注目度は(諸外国ほどではないとはいえ)日本でも決して低くはなかった。
 ボヴェは2005年に農民連盟やAttacの活動の一線から身を引くことを表明したが、その後については明言を避けたため、さまざまな憶測を呼んでいた。政界進出(大統領選の他に、比較的左翼が優勢な欧州議会を目指すという観測もあった)を狙うという可能性や、逆に本来の農民としての生活に戻るのだという可能性が示唆されていた。
 今回、2007年の選挙キャンペーンを控えて、公式に前者を表明した形である。

 フランスの大統領選は例年、十を超える政党やグループが候補を出して、左右入り乱れた選挙戦が展開される。通常は中道右派の統一候補と社会党の候補が上位二人の決選投票に臨み、そのどちらかが選ばれることになる。前回2002年の選挙でもそうなることが予測されていたわけであるが、左派の内部分裂や反EUの気運に乗って極右政党である国民戦線のル・ペン党首が決選投票に進み、フランス全体を震撼させたことは記憶に新しい。
 背景には、もちろんシラク大統領率いる中道右派、は市場主義経済を重視している。また、英仏同様、フランスでもジョスパン首相(当時)率いる社会党もEUの経済統合に熱心であり、その結果としてポーランドなど域内の低賃金地域から労働者が流入するという危機感が社会的に高まっていた。そういった不安をついて、ナチス・ドイツを擁護する発言などで知られる極右の国民戦線ル・ペン党首が決選投票に進んでしまったという事態が起こった。ル・ペンの支持が伸びた理由としては、ナチスを支持すると言った人種主義的な言動を押さえる一方で、拝外主義的で過激な主張の「わかりやすさ」を経済政策に結びつけたことである。つまり、「生粋フランス人のための社会主義」を標榜したことによって反EU、反ネオリベラリズムを望み、左派の弱腰に失望した層の支持を掘り起こしたのである。
 従って、EU化を進める社会党と国民運動連合の中道左右のさらに両極に、EU化、ネオリベラル化に反感を持つ一定の層がいることが見て取れる。あとは、それらの票がどの程度と推察されるかである。ここで、ちょっとだけ2002年の大統領選の結果について考えてみよう。2位のル・ペン(国民戦線)と3位のジョスパン(当時首相 社会党)のあいだの差はわずか0.7パーセント、票数にして20万票ほどであった。また、16パーセントほど確保すると決選投票に進める可能性が出て、20パーセントほども集めると、決選投票進出がほぼ当確であると言うことが解る。
 候補者を簡単に見てみると、4位につけているUDF(フランス民主主義のための連合)はジスカール・デスタン元大統領派の中道右派で、現在はシラクの指揮するUMFに事実上吸収合併されている。5位のアレット・ラギエ率いる労働者闘争と8位のオリヴィエ・ブザンスノ率いる革命的共産主義者連盟はトロツキスト政党であり、このあたりは潜在的にはボヴェ支持に回る可能性が高い。トロツキストがオーソドックスな共産党より票を確保するのがフランス大統領選挙の面白い特徴である。6位のシュヴェヌマンは社会党左派で、ジョスパンとは元々親しかったとされるが、彼の経済政策を批判して社会党を離反、独立候補として立候補した。もちろんシュヴェヌマンの支持層はボヴェの支持層と重なるであろう。また、『右傾化に魅せられた人々 自虐史観からの解放』などを読む限り、シュヴェヌマンとル・ペンが若年層の支持者を食い合っている可能性はけっこう高い。シュヴェヌマンでは物足りなくてル・ペン支持に回った若者たちがボヴェの戦闘性に期待するとすれば、実はボヴェの立候補で一番票を食われるのは穏健派の社会党候補ではなく、ル・ペンかもしれない。
 このほか、もちろん緑の党なども反遺伝子組換え作物を掲げるボヴェ支持に回る可能性が大きい。ちなみに去年、ボヴェは共産党、緑の党、革命的共産主義者連盟の支持が取り付けられれば出馬は可能であるという見通しを示したことがある。単純に前回の選挙に当てはめてみると、これら三派の統一候補は約13パーセントを確保できることになる。従って、うまく「極左」連合を実現すれば(つまり独自候補を立てるであろう社会党以外の左派の票を積み上げられれば)一時投票でボヴェが15〜20パーセントの得票を取ることはそう難しくないのである。…もちろん、問題は自己主張の激しいこれらの左派が「統一候補を立てる」ことなど出来た試しがないということであるが、そこにこそボヴェのカリスマ性が生きてくる可能性があるところでもある。

 2002年の決選投票では、極右大統領を許すなというかけ声のもと、国民的な運動が高まり、シラクが8割を得るという大差で大統領が決まった。今回、ボヴェが決選投票に進んだ場合、6割のフランス国民がどちらに振れるのか、興味深いところではある。もちろん相手にもよるが、中道右派の候補は国民運動連合党首で高い人気を誇るニコラ・サルコジになる公算が高い(もう一人可能性が高いのはイラク戦争を巡る対アメリカの外交戦争で「勝利を収めた」とされるド・ヴィルパン首相である)。しかし、過激な治安対策やイスラム政策などを掲げるサルコジは、ル・ペン支持層の票を与党に取り込むために登用された「こわもて」であり、これも一般的な中道派市民が気軽に投票できる相手ではない。CNNの記事によれば世論調査でボヴェとサルコジはそれぞれ42パーセントと58パーセントの支持を得て、勢力は拮抗している(詳しく書いていないが、たぶんこの二人が決選投票に残ったらどうするか、という想定の質問だと思われる)。

 いずれにしても、チャベス(ベネズエラ大統領)、ルラ(ブラジル大統領)など、ラテンアメリカを中心に第三世界における反米、反ネオリベラリズムを掲げる政治家が高い支持を集める傾向があり、もしボヴェ大統領の誕生と言うことになれば、それらの流れの中核にフランスが位置することになる(ATTACは特定の政党組織を支持しないという合意があるが、ボヴェと同じATTAC設立メンバーであるルモンド・ディプロマティックのイニャシオ・ラモネとチャベスは親しいなど、これらの関係は緊密である)。ちょっと中立っぽく書いているが、日本でATTAC運動や社会フォーラムの普及を望んできた私としても、非常に面白い展開である。これから一年の選挙戦に期待したい。

 ちなみにサルコジとボヴェのどちらがなっても、ポンピドゥ以降、フランスの政治エリート養成校ENA(国立行政学院)出身ではない30年ぶりの大統領となるのが面白い(ボヴェは大学入学資格は取得したものの進学しなかったので高卒。サルコジはグランゼコールのひとつであるシアンスポ中退。ただし、ボヴェの父親はカリフォルニア大学などで教鞭を執った生物学の教授であり、完全に非「エリート」層出身というわけではないのが面白いところ)。

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このページは、かすががJune 17, 2006 3:27 AMに書いたブログ記事です。

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