ヴァンダナ・シヴァ (写真) 

 先日、『地球の歩き方』への投稿が掲載された話をご紹介しました。
 投稿の内容は世界的に有名な環境活動家であるヴァンダナ・シヴァ(Vandana Shiva)氏の活動に関わるものでした。
 そこで、シヴァ氏が来日したときにつくったパンフレットに掲載した紹介文を載せておきます(まぁ、ちょっと時間も経ったし、いいでしょ)。
 ちょっと古くなっていますので、書誌データなどは若干、アップデートしていますが、文章は原則として書いたときのままです(ただし、パンフレットにする時点で編集が入っていたと思いますので、文面はちょっと違うかもしれません)。

 どうでもいいけど、『エコ・フェミニズム』はいつまでたっても「近刊」だなぁ(笑。

ヴァンダナ・シヴァ:

来日中のシヴァ博士


略歴:
 世界的に著名な思想家にして環境運動家。インドの首都ニュー・デリーを拠点に、科学・技術とエコロジー研究財団ナヴダーニャ  多様性のための多様な女性、等の運動を主宰。1993年に「もう一つのノーベル賞」として知られるライト・ライブリーフッド賞を受賞。『緑の革命とその暴力』[Amazon] / [bk1](日本経済評論社)、『エコ・フェミニズム』(マリア・ミースと共著。新曜社より近刊)、『ウォーター・ウォーズ』[Amazon] / [bk1](緑風出版)など著書多数。
 1952年、インド北部のウッタル・プラデシュ州(現ウッタランチャル州)デラ・ドゥン市(Dehra Dun)に生まれる。1978年に科学哲学博士を取得。1982年までバンガロール・インド経営管理大学(IIMB, the Indian Institute of Management Bangalore)で研究に従事。その後、石灰岩鉱山の環境に対する影響調査に関わったことをきっかけに、デラ・ドゥンに戻り「科学・技術と自然資源研究財団(現・科学・技術とエコロジー研究財団)」を始める。 

 



1.ヴァンダナ・シヴァ登場
 ヴァンダナ・シヴァの名を世界的に一躍有名にしたのが、『緑の革命とその暴力』など、60年代に「緑の革命」として、北インド、パンジャブ地方を皮切りに導入された高収量品種が逆に環境を破壊し、人々を貧困に追い込んでいるという事実を暴いた一連の著作である。米や麦などの穀物、および一部の野菜について導入されたハイブリッド技術は、単位面積あたりの作物の収量を統計上飛躍的に増大させた。これが「緑の革命」と呼ばれ、第三世界の飢餓と貧困を救う決定打になると、人々は期待した。
 しかし、高収量品種は、シヴァらの用語を使えば単に高反応品種であるにすぎず、高い収量を維持するためには大量の水と肥料を必要とした。このためこれらの品種は、長期的には土壌の荒廃と地下水の枯渇を招いた。結果として、多くの国で穀物価格は下落する一方、要求される化学肥料の量は飛躍的に増大し、多くの農民が肥料と農薬のための借金に苦しみ、土地を手放さざるを得ない状況に陥った。インドでも、農地改革で分配された土地がまた大地主の元に集約され、多くの農民が土地を失って都市に移り住まざるを得なくなった。また、増大する水の需要に応えるため、各地で大規模な灌漑工事が行われたが、それらは大規模な水害と長期にわたる水利権闘争を導いた。一般にパンジャブ地方などの紛争や虐殺事件は宗教対立や民族対立であると説明されることが多いが、シヴァは、その背景には水利権闘争を中心とした経済問題があると指摘する。
 世界的に著名な運動家であるシヴァの活動は多岐にわたっているが、その焦点となるのは、すべての人々が自分の生活に必要な自然資源と知識を自分で使えるかどうかという問題である。
 シヴァの活動に大きな影響を与えているのがチプコ運動(Chipko Movement)と呼ばれる、女性達によって担われた森林保護運動である。運動は1973年ごろ、シヴァの故郷であるウッタランチャル州北部のヒマラヤ地区の村々で、ほとんど自然発生的に行われた。チプコはヒンディ語で「抱擁」の意味であり、村人たち(特に女性たち)は文字通り木々に抱きつくことで、森林伐採を防いだのである。1980年に、当時の首相インディラ・ガンジーはヒマラヤ地域での森林伐採を15年間禁止し、同時に村人たちに森林資源の利用権を与える決定を下した。村人たちの輝かしい勝利は世界的に有名になると同時に、ヒマーチャル・プラディシュ、ラジャスタン、カルナータカ、ビハールなどインド中の諸州に、同様の形の「下からの環境保護運動」を浸透させることになった。
 こうした運動の背景にあり、またヴァンダナ・シヴァ自身の活動を支えているのが、インド独立の父ガンジーの思想である。大英帝国からの独立運動に際して、ガンジーは有名なアヒンサ(非暴力)と並んで、スワラジ(自治)とスワデシ(国産品奨励)を重要な課題とした。自分の生活に必要なものと知識を自分の手で作り出すことと、政治的な自主や自由が密接につながっているというガンジーの指摘は現在でも驚くほど力を持っている。逆に言えば、植民地であったような国々がかつて帝国主義諸国から政治的に受けていた支配は、現在の大企業から経済的に受ける支配にとって変わっただけと見ることもできるのである。
 
2.現在の活動1 「科学・技術とエコロジー研究財団」
 こうした状況に抗議するためのシヴァの活動は多岐にわたっている。最も有名なNGOである「科学・技術とエコロジー研究財団」では、無数の書籍やパンフレットを発行し、啓蒙活動に努めている。ここでの課題は主に最新の科学技術を安易に使うことに警鐘を鳴らすことと、経済のグローバリゼーションの負の効果を告発することである。「緑の革命」のさいのハイブリット品種がそうであったように、近年導入が急がれている遺伝子組換え食品も、これまで我々がつかったことのない未知の技術であり、実際に実験室から出て全世界の農場で育てられ始めたとき、どのような事態になるか事前に予測するのは難しい。こうした危険度が未知である技術を利用しなくても、古くから利用され続けているいくつもの安全な技術がある、というのがシヴァの重要な指摘である。
 経済のグローバリゼーションは、多くの国から様々な品質と値段の商品を輸入しやすくすることにより、一見我々消費者の選択の幅を広げているようにも見える。しかしその反面、品質、特に食品の安全性に対する管理が難しくなるという問題も含んでいる。また、価格の低下や不安定化が生産者、特に第三世界の小規模農民の生活基盤を脅かすのである。しかし、WTOを中心とした現在の国際貿易の枠組みでは、こうした脅威に対して何らかの予防ないし対応措置を講ずることは重大な協定違反であると見なされる。このことの問題を告発し、政府や国際機関に対してより弱者の立場に立った政策を求めていく必要性がある。
 また、先進国の大企業はしばしば研究開発の成果を知的所有権という形で保持し、利用料を徴収する形で利益を確保する。しかし、これが行きすぎるとすでに村人たち(知的所有権を申請しようなどと思わない人々である)が知っている技術ですら、登録の対象になってしまう。実際に起こった有名な事例としては、ターメリック(ウコン)の薬効がインド国内でも有効な特許として、国外の企業によって登録されたことがある。この結果インド国内の企業はもちろん、村々で普通にそれを薬として使っていた土着医療の医師たちすらターメリックを使えないという可能性すら生じたわけである。シヴァのグループを含むインドのNGOはこのことに対する大きな抗議運動を開始、結果としてこの特許は無効とされた。しかし、知的所有権などの形で大企業が市井の人々の生活や生業を縛るという可能性は現在でも常に存在しており、そういった危険性を察知して警告することもNGOに課せられた重要な仕事になっている。
 
3 現在の活動2 ナヴダーニャ
 もう一つのNGOであるナヴダーニャでは、有機農法の研究と普及に勤めている。有機農法を利用することにより、農民は種苗会社から種や肥料、農薬を仕入れるために借金をする必要がなくなる。このことにより(それでも子どもの教育費などの問題は残るにせよ)多くの農家が毎年多額の借金をすることなく農業が続けられるようになった。しかし、多くの農民はすでに有機農法のための伝統的な品種の種も知識も失ってしまっている。そのため、ナヴダーニャの主要な仕事は、個別の地域に合った伝統的な種子についての知識を収集し、それを農民に供給することである。デラ・ドゥンにある実験農場では、200種類以上の米と100種類近くの麦、それに多くの雑穀、野菜、ハーブの種子が収集、保存されると同時に栽培実験が続けられている。
 実験の一つはバラナージャ・システムと呼ばれる混作法で、12種類の穀物を同時に育てる。このことにより、単一の作物が畑を覆っているときより害虫にやられづらくなり、また1種類が不作でも他の作物を収穫することが可能にもなる。また、インドの小農の多くが1〜2エーカー(0.4〜0.8ヘクタール)の土地しか持っていないことから、小規模の畑で1世帯が十分な栄養をとれるようにするような作物の作り方の実験も行っている。実際、第三世界の栄養失調の原因の一つに、換金性の高い麦、米、トウモロコシ等に駆逐され、少量でも栄養価の高いアマランス(ヒユ)やミレット(キビ・アワ)などの生産が止められたという側面も大きい[# またこうした雑穀は、保存期間も長く、アレルゲンになる可能性も低いなど、様々なメリットを持っている]。ここで保存されている種は少量ずつ、希望する農民に貸し出される。種を借りた農民は次年度その種を返還するか、あるいは誰か別の農民二人に種を貸与することが求められている。こうして種は徐々にインド全土に広がっていく。
 また、ナヴダーニャ運動に参加した村落は、ジャイヴ・パンチャヤット(命の村落会議)と呼ばれる議会をつくることを求められる。この村落会議の主要な目的は、村の共有地と共有知識の管理である。生物多様性登記簿と呼ばれる大きなノートには、村人たちが利用している植物の押し花が挟み込まれ、その傍らにはその植物の呼び名と利用法が細かく記載される。この登記簿の目的は二つある。第一には無論、村人の間で植物の利用法についての知識を共有することである。第二に、先に述べた知的所有権の問題がある。知的所有権が企業など他者に主張されることを防ぐためには「我々はすでにそれを知っていた」ということを示していく必要がある。このためには登記簿にすでに書かれているという事実は重要な武器になるのだ。
 一方でナヴダーニャは国内の中産階級の人々の理解を得ることにも力を入れている。こうして有機農法でつくられた種子の一部はナヴダーニャによって買い上げられ、首都デリーなどにつくられた直営店や定型店舗などでナヴダーニャのブランドで販売される。また、サポート会員などへの通信販売も行われている。店舗では同時に、ナヴダーニャや科学・技術とエコロジー研究財団によって出版された書籍やポスター、それにTシャツなどのグッズも販売されており、人々は同時に問題の背景も知ることができるようになっている[# このうちポスターやグッズなどは今回の会場でも販売しているので、是非皆さんにもごらんいただきたい]。
 このナヴダーニャとイギリスのシューマッハ大学との合同で始められたのが、ビジャ・ビディヤピースという学校である。デラ・ドゥンの農場に設置された校舎を中心に、時にはインド中を移動しながら三週間ほどのコースは進められる。テーマは生物多様性、ガンジー主義、水など多岐にわたり、シヴァを含めた各国の運動家や学者らがインドを訪れ、ナヴダーニャ運動で働いている人々とともに講義に当たる。先進国からの来訪者にとっては、単なる観光旅行以上に現地の人々の生活に近づき、親交を深める貴重な機会でもある[# このコースにはだれでも参加することが可能である。もし興味のあるかたがおられたら、http://www.bijavidyapeeth.org/を覗いてみて欲しい]。また、教室は無論インド国内向けにも行われており、有機農法や環境保護について学ぶために毎年二回、インド各地から多くのインド人がデラ・ドゥンを訪れる。
 こうした形でシヴァの活動は出版や講演を通して世界中に届けられると同時に、実践を通じて第三世界の貧困層に届いている。「グローバルに考え、ローカルに行動せよ」というのはよく聞かれるキャッチ・フレーズであるが、ヴァンダナ・シヴァの活動はまさにこの言葉を実践していると言えよう。

著作紹介:
『バイオパイラシー』[Amazon] / [bk1]
 日本語の中では一番新しい本で、データなども最新のものが使われている。とりあえずシヴァの本を手に取ってみようという方にお勧め。多国籍企業が知的所有権や経済的なパワーを使うことによって、第三世界の農民の生活がいかに脅かされ、彼らの大切な生活資源が奪われるかについて、豊富な実例とともに解説される。

『緑の革命とその暴力』[Amazon] / [bk1]
 「緑の革命」の問題点を広い視点から赤裸々に暴き立てたシヴァの代表作。著作の中では比較的専門的で、やや難しいが、その登場は世界に衝撃を与えた。「緑の革命」がもたらす土壌の荒廃や水利権を巡る政治的な問題が非常にリアルに描き出されている。

『生きる喜び』[Amazon] / [bk1]
 かなり初期の著作。第三世界の農民が抱える問題が、実体験も含めて感情豊かに描かれている。問題を実感させてくれるという意味では最適の一冊と言える。その一方で、女性とその役割を神聖視しすぎることで、逆に女性の仕事を規定し、女性をある枠組みの中に抱え込んでしまうという懸念も、多くのフェミニストから提示された。

『生物多様性の危機: 精神のモノカルチャー』[Amazon] / [bk1]
 国連大学から出版された論文を含む、比較的専門的な論文集。とは言っても図版も豊富で、決して読みにくい本ではない。現代科学と開発の還元主義的な傾向がもたらす問題を指摘、生物多様性など、多角的な視点の必要性を説く。

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コメント(2)

春日先生
Y'not Reportのreikoyamamotoです、コメントいただきありがとうございました!あと肩書きについても失礼しました〜

地球の歩き方買って、投稿部分のページを切手持っていきましたよ!結局時間がなく、Dili Haatのショップしかいけませんでしたが。。。
お香とArhar豆を買ってきました。

シヴァ先生が来日されたら是非お話を伺ってみたいです。また、春日先生にもお話を伺いたいです。インドに行って、もしかしたらライフワークになるかもしれないと直感しました。大げさでしょうか。。。。。

また、色々勉強してご連絡いたします。
今度ともどうぞよろしくお願いいたします。

かすが(管理人) :

reikoyamamotoさま

>Y'not Reportのreikoyamamotoです、コメントいただきありがとうございました!あと肩書きについても失礼しました〜

 すばやいお返事ありがとうございます。

 ※ちなみにコレを読んでいる方へ。こちら
 http://reikoyamamoto.blogzine.jp/ynot/2004/09/post_10.html
 でこのエントリーへのコメントをいただきました。

>地球の歩き方買って、投稿部分のページを切手持っていきましたよ!結局時間がなく、Dili Haatのショップしかいけませんでしたが。。。

 までも、情報を集めたいという方が一ヶ所だけ行くのであればDili Haatのほうが色々見られていいですけどね。
 ただ、Dili Haatは食べ物を出していたり出してなかったりするので、観光だけならcafeがベターです。
 
>シヴァ先生が来日されたら是非お話を伺ってみたいです。

 たぶんそんなに遠からずそういう機会があると思いますよ。
 また詳細はこのブログでもお知らせできると思います。

>また、春日先生にもお話を伺いたいです。

 えっとですね、とりあえず「先生」を辞めてくださると嬉しいのですが(笑。

>インドに行って、もしかしたらライフワークになるかもしれないと直感しました。大げさでしょうか。。。。。

 期待しています。

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このページは、かすががAugust 24, 2004 8:30 PMに書いたブログ記事です。

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