米大統領選、(ほぼ?)終了 その2

 昨日の話の続きである。なぜかくもブッシュ大統領が支持されるのか、もうちょっと米大統領選を支配する構造について考えてみよう。それは実際、90年代以降世界中の国々に共有されている経済構造を反映しているとみたほうが自体は理解しやすい。

 90年代に、世界経済の支配的なプレイヤーは二種類に分かれた。最初のグループは20世紀を通じて世界を支配してきた重工業やエネルギーを支配してきたグループであり、(鉱山や工場、石油パイプライン、大規模プランテーションといった)国内や第三世界における資源に関する利権や大規模なインフラを支配する事によってその経済力と権威を維持してきた。イギリスなどでは爵位を持っている人々であり、その他の国でもその国の王侯のように振る舞ってきた人々である。代々の政権とも密接に関係している石油王の家系に生まれたブッシュはまさにこのグループの人々である。これらの人々は現在でも各国で第一位の権力を享受していると言える。
 一方で、90年代に膨大に膨れ上がった「マネー」はあたらなる投資先を求め、フロンティアをITとバイオテクノロジーに代表される先端技術に求めた。こうして誕生した業界は、それまで普通の中産階級だった層にばく大な富をもたらした。この業界の特徴は、第一のグループに比べての圧倒的な「早さ」である。アジル・エコノミーという言葉が生まれたのもこのころであり、第一のグループの資本が、政治力と武力に密接に関係して、長期にわたって築きあげられ、小さなサークルに属する人々によって一子相伝的に維持されてきたのに対し、このグループの人々はちょっとしたアイディアをテコに急速に財を延ばしており、その成長速度と出自の多様性が特徴である。ビル・ゲイツやYahooのジェリー・ヤンなど、大学時代のちょっとしたアイディアからアメリカを代表する大富豪に上り詰めた人々が代表例である。日本ではソフトバンクの孫氏などがこういった例であろう。欧米でもIT企業の社長にはマイノリティが多い。こういった経済システムをネオ・リベラリズム(新自由主主義)と呼ぶが、実はネオ・リベラルであるということは、マイノリティの権利などに寛容な、所謂「リベラル」でもあるということである。
 しかし、現実的にこれらの人々を生み出したのはそういった大量の投機マネーが動く事を欲した金融街の人々であり、最大の功労者はクリントン政権の経済政策を支配したルービンとその弟子たちであろう。今回の選挙でも、彼らの多くは民主党支持に回った。ただし、これら第二のグループの人々が資産ランキングの上位を占めるのは、組織的な節税や脱税などが少ないからという可能性もあり、一族で資産を分散している第一のグループの人々がその支配権を彼らに譲り渡したというわけでもない。
 一方で、各国で貧富の格差は増大しており、特にアメリカでは特にその傾向が激しい。これまでいわゆる先進国では、80年代まではマジョリティ層に属していればさほど生活に困るという状況はあまりなかった。日欧に比べればアメリカでは社会保障は十分でなかったとはいえ、正規雇用を得るのに白人男性である事は非常に有利であり、農産物も手厚く保護されていた。しかし、90年代以降(アメリカではNAFTAの発効が転機である)、こういった状況は激変する。国境を越えて経済圏は広がり、メキシコや台湾といった地域からの移民が彼らの経済力を脅かし始める。第二グループの人々は「リベラル」であったが、それらは基本的に株や外国債を保有する彼らに「儲けさせてくれれば出自は問わない」という形の保護を与えるリベラルであった。つまるところ、90年代というのは、「マジョリティであれば保護される」社会から、「生産性の低いマジョリティよりは生産性の高いマイノリティ」という形に社会が変化した時代であり、その変化に取り残された「生産性の低いマジョリティ」が右派に走った時代である。特に、非常勤雇用も比較的保護されているヨーロッパと違い、日米で増大した非常勤層は組織的な保護もなかった。したがって日米では下層の公務員や組合に保護されうる業種というのはすでに「特権層」と見なされうる状況にあり、このことが農民や非常勤雇用層の不信を買っているのは間違いないだろう。
 重要なのは、この第三グループの人々にとっては、自由主義経済は大きな負担になっているということである。しかし、多くの人にとって「優秀なマイノリティよりボンクラなマジョリティを優遇すべきだ」という主張は口にしがたいものだし、説得力にも欠ける。したがって、彼らの主張はある種の「アイディンティティ」をよりどころにしたものになる。逆に言えば、彼らの主張の根幹には、ジェームズ・スコットがいうような「抵抗戦略」があると見られるべきである。
 サミュエル・ハンティントンのような「文明の対立」論者が最も説得力を持たないのはこの事実である。つまり、先進国内における、「早い経済」か「伝統的な生活」かという対立は、実はキリスト教対イスラム教といった文明の対立より、遥かに本質的なものである。宗教や道徳の原理主義はこれらの人々の抵抗戦略であるのであり、例えば米大統領選について「経済より(中絶や同性婚といった)モラル・ヴァリューが優先された」という分析は、基本的な部分で間違っている。「経済が深刻な問題である結果として、モラル・ヴァリューが主張される」のである。なぜなら、モラル・ヴァリューを軽視する都市のホワイト・カラー層や移民たちは彼らの生活を圧迫するグローバル化された諸価値の体現者であり推進者にほかならないからである。そして残念な事に、彼らにとっての「左翼/リベラル」も同様に、こうしたグローバル化された価値観の体現者という意味で、まったく「ネオリベラル」な(得体のしれない用語をしたり顔で口にする)銀行家やITヴェンチャーの経営者たちと変わらないのである。
 しかし第三グループの人々はこうした社会構造の純粋な被害者になったというわけではなく、彼らもまた20世紀を通じて特権の受益者であったという事実は未だに継続的である。世界には、その日の生存すら脅かされている膨大なグループの人々がいる。この第四の、そして最後のグループにとって、「ネオ・リベラル」は非常に両義的な存在である。実際、こうした人々の中から少なからぬ数が欧米への留学のチャンスを得て、第二グループの仲間入りを果たしている事は疑いを得ない。アメリカには現在でも、これら第二グループの予備軍となるべく流入した大量の移民がおり、これらの人々の一部は選挙権を有しており、一般には民主党支持である。また、情報技術の発達や、ジョージ・ソロスなどによる熱心なフィランソロピー活動、また欧米で成功した移民から還流した資金はこれらの国で独裁政権を打ち倒す力になった。しかし、これら多くの国で自由化された電力や上水道などは貧困層の最低限の生活インフラを奪い、また市場開放によりアメリカやオーストラリアからの大規模生産による破格の農産品が流れ込み、国内の農村は疲弊し、小農層は都市に流れ込みスラムが拡大した。また、インドのように中程度に発達した経済を持っていた国では、労働市場にさらに貧しいバングラデシュやネパールのような国から移民が流入し、それまでの雇用を破壊した。
 こうして俯瞰すれば、90年代の世界は極めて複雑化している。ある層にとっての利益が、ある層にとっての不利益であり、しかもこうした社会成層は流動的で、数年単位で激変している。そして現在のところ、イデオロギー対立は、奇数グループと偶数グループの間に戦線がひかれている。大統領選でも、ジョージ・ウォーカー・ブッシュは奇数グループに支持されており、ジョン・ケリーは(アメリカ国内の)偶数層に支持されていた。
 もし、これをかつてのように、資本家対非資本家(第一、第二グループ対第三、第四グループ)の対立に再編成し直そうとすれば、まったく新しい理論とまったく新しい運動(新たなマルクスと新たなジョー・ヒル)が必要なのであろう。

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コメント(2)

turuta :

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このページは、かすががNovember 5, 2004 1:21 AMに書いたブログ記事です。

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