ナラヤナン・インド前大統領死去
「ファルージャ攻略戦で米軍が化学兵器をつかったらしい」とイタリア国営放送が報じた問題、日本でまったくニュースになっていないのが驚きである。
今のところウェブでは中日新聞があつかっているだけ。
まぁ、総選挙の近いイタリアで今この情報がでてきたというのも怪しくないとは言わないが…。
ベルルスコーニは選挙を控えて「自分は開戦前に考え直すようにブッシュを説得しようとはしたんだ…」とイイワケに必死とか…。
コチェリル・ラーマン・ナラヤナン氏(インド前大統領)の死去もあまり報じられていない。
Obituary: KR Narayanan
ダリット(被差別階層)として初のインド大統領になった人物である。
インドは基本的に議院内閣制であって、大統領はかなり形式的な存在である。
そのかわり、代々の首相がほぼ北インドの有力なヒンドゥ教徒に独占されてきたのに対して、大統領職は民族的少数派であるドラヴダ系の南インド人や、宗教的な少数派に割り振られ、インド統合の象徴とされることが多い。
政治的な実権が小さいため、人望のある学者タイプが選ばれることが多く、現在の大統領アブドゥル・カラム氏も高名な核物理学者である。
哲学者肌で知られ、彼のエッセイもよく読まれている。
同様に、ナラヤナンも、どちらかというと学者タイプの人であった。
BBCの記事によれば、南インド、ケララ州のコタヤムの農村に伝統医の息子として生まれた(1920年という説と21年という説があるようである)。
学費を払うのも難しく、未納のため教室への入室を禁止され、教室の外から授業を聞くこともたびたびだったが、兄弟の援助などもあって、トラヴァンコール大学の課程を修了することが出来たという。
英文学課程で主席を獲得するが、階層のため、大学側が講師でなく事務職しか提供しようとせず、このことに抗議して学位を辞退した(これは半世紀後に回復された)。
その後、首都デリーで新聞記者を務め、このときマハトマ・ガンジーにインタビューをする機会もあったらしい。
さらに、英国ロンドン・スクール・オブ・エコノミーにすすみ、そこでは高名なフェビアン協会系の社会主義者、ハロルド・ラスキに師事している。
帰国後の30年は、外交官として日本や英国などで働き、タイ、トルコ、そして(インドとは難しい関係にある)中国大使、米国大使などを歴任している。
外交官を辞した後、インディラ・ガンジー首相の要請によって、ケララ州から下院に立候補する。
インディラの子ラジヴの首相時代には閣僚を務めるなどしたあと、1992年から副大統領、1997年から大統領に就任する。
大統領としては独立50年祭を祝うなどしたが、一方で苦悩もあった。
大統領任期の最終年である2002年には、多数のイスラム教徒に犠牲を出したグジャラート動乱があった。
ナラヤナンは宗教的少数派の保護のために国軍をうごかすことを望んだが、当時議会を支配していたヒンドゥ至上主義政党BJPによってこれは阻まれた。
また、BJPはナラヤナンが二期目の大統領を務めることも拒否した。
ビルマ人のMa Trint Trint氏との間に二人の娘がいる。
そんな人であるから、温厚な学者肌が取り柄で、強権的な支配者であったインディラに気に入られた人物なのかと勝手にイメージしていた。
そのナラヤナン氏を2003年に南インド、アンドラ・プラデシュ州の州都ハイデラバードで実際に目撃することになった。
アジア社会フォーラムに集まった大勢の観客(その中にはかなりの数のダリットが含まれていたわけだが)に歓声で迎えられたナラヤナン氏は、思いの外威厳のある声で国内的にも国際的にも経済優先の状態にあることを非難していた。
また、偶々その前日にWTO(世界貿易機構)のスパチャイ事務局長(当時)がハイデラバードを訪れ、抗議のデモに参加した人々が逮捕されるという出来事があったのだが、それらの人々の即時釈放をアンドラ・プラデシュ州政府に強く求める演説を行った。
その姿勢を見て、「徐々に強まるセクショナリズムの中で、さまざまな局面でギリギリの選択を繰り返した結果として、この人があるのだろう」と思うと、軽視していたことに罪悪感を覚えた。
困難な社会状況の中で人間が磨かれるのか、インドはやはり人材の宝庫である、と思う。
経済成長を続けるインドを率いるマンモーハン・シン首相は有能で誠実な人物であると評判であるが、一方で決して「弱者の味方」というわけではないし、立場的にも弱者の味方であるのは今後ますます困難になっていくだろう。
そういった状況で、公職を離れたとはいえ、ナラヤナン氏の政治的、精神的役割は決して小さくなかった。
85歳といえばインドでは相当な高齢者だが、その役割を思えばもう少し生きていて欲しかった人物である。
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