ブックガイド『トービン税入門: 新自由主義的グローバリゼーションに対抗するための国際戦略』

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『トービン税入門: 新自由主義的グローバリゼーションに対抗するための国際戦略』
 ブリュノ・ジュタン(著) 和仁道郎(訳) 金子文夫(解説) 2006 社会評論社

トービン税入門


 通貨取引税(通称トービン税)はケインズ派に属するノーベル賞経済学者であるトービンが提唱した国際税で、為替取引に対して課税することにより、為替に対する投機的取引を抑制し、通貨を安定させることを目的にしている。その後、97年のアジア通貨危機をきっかけとしてフランスのルモンド・ディプロマティック誌に掲載されたイニャシオ・ラモネの論説「金融市場を非武装化せよ」をきっかけに、トービン税を導入することで市場の安定化をはかるとともに税収を貧困や環境問題のために使うべきだという運動がヨーロッパを中心に広まった。ラモネ自身が設立に関わったフランスのATTACは、そうした主張を掲げる団体のうち、最大のもののひとつである。
 しかし、トービン税に関しては、その導入の可否を巡って様々な問題が指摘されていた。本書は、パリ第13大学(ノール)の経済学助教授であり、ATTACフランス学術委員会のメンバーでもあるブリュノ・ジュタンによって書かれた、そうした批判への応答である。本書の主張は必ずしもATTAC の公式見解ではないが、ヨーロッパ各国(特にドイツや北欧で活発である)に広がったATTACの主張をある程度広範に反映したものになっている。

 ここではいくつか重要な論点を拾ってみよう。通貨取引税の提唱者であり、「トービン税」に名を残すトービン自信はATTACが提唱する様な形での通貨取引税には反対だったと言われる。ジュタンは通貨取引税が提唱された当時とは通貨取引量もシステムも大きく変化しており、トービン税がトービンの言う様な形で機能しないという事実は認めつつも、その修正案を支持し、かつその修正案がトービンの意図に反するものではないと主張している。ジュタンが支持する修正案は、IMFの諮問に対するP.B.シュパーンの回答に見られる、二段階課税(通常は極めて低い税率を設定しておき、取引量が爆発したときだけ税率が上昇する)である。
 シュパーン案を利用した場合、税収はどの程度になるだろうか? 税率を比較的高く(0.25パーセント)設定したにもかかわらず殆ど抑制効果が見られなかった場合の2460億ドルから、税率を低く(0.02パーセント)設定したにもかかわらず為替市場が壊滅的な打撃を受けた場合の70億ドルまで予想できる。現実的には1000億ドル強の税収を想定するのが妥当であると、ジュタンは主張する。
 税収の配分は先進国に対しても行われるべきであるという主張があるが、著者はこれには反対している。税収は主として「グローバル公共財」(平和、健康、環境、食料生産、生物多様性など)のコストとして徴収されるべきで、現在「グローバル公共財」コストを集中的に負担させられている第三世界が主にこの税収からの配分を受け取るべきなのである。
 「グローバル公共財」を維持するために必要な金額は様々な推計法がある(本書でも複数紹介されている)が、仮にUNDPの議論を使うならば、年間2000億円強が必要とされており、現在のところODAなどで支出されているのは1350億円程度となっている。残りの部分を国際課税(通貨取引税 1000億ドル、炭素排出税1250億ドル、インターネット課税800億ドル、航空機課税22億ドル等)でまかなうことは十分に可能であろう(航空機課税にはATTAC内部でも様々な議論があるが、ジュタンは比較的肯定的である)。
 通貨取引税については、実現不可能である(少なくとも全世界の国が一斉に採用するまでは)という批判があり、また資本のタックス・ヘイヴンへの流出を加速させるだけであるという批判もある。ジュタンは、これらの問題を技術的に回避することは十分に可能だと述べる。この点については、煩雑になるので本書を参照して欲しい。いずれにしても、トービン税についての批判にある程度答えられる本が日本語で紹介できる様になったことの意義は大きいであろう。
 本書の目的からすれば余談の範疇だが、ジュタンは欧州通貨単位(ECU)などの通貨統合には比較的好意的であり、もし通貨統合に際して通貨取引税を合わせて採用すれば、投機マネーに対するより効率的な防衛策になるだろうと述べている。実は、現在の日本ではこの問題は重要である。というのも、先日(2006年5月初頭)に行われたASEAN+3の閣僚会合で、ACU(アジア通貨単位)の推進という方針が明らかになってきたからである。アジア経済共同体構想は世界経済フォーラムなどの非公式会合では議論の俎上にのせられており、潜在的には重要な課題でありつづけてきた。しかし、90年代に日本円を基軸にASEAN+3での経済統合を望んだマレーシアやインドネシアと、日本の影響力が増大することを恐れ、自国支配下でのAPEC経済圏を推進しようとしたアメリカとの間の対立が調停されず、紛糾の上に話自体が消滅した過去があるため、今後の情勢はかなり流動的であろう(特に今回はこれまでのASEAN +3にインドが加わる可能性も大きく、実現すれば世界人口の半数に迫る超巨大経済圏の誕生となる)。ATTACのような社会運動体としても、アジア経済統合に積極的に反対していくか、あるいはジュタンが述べる様な「通貨取引税を伴う通貨バスケット」の採用という「オルタナティヴな経済統合」を求めるという戦略もあり得るのか、検討が迫られていると言えよう。

P.S.
 直感的には「アメリカが望まないことはいいことだ」理論を採用して、「通貨取引税を伴うACU」戦略である程度の運動を起こせるのはわるいことではないと考える。ジュタンは90年代の経緯について「もちろん日本はアメリカに逆らうなんて、思いつきもしなかった」という趣旨のことを述べているが、実際は(少なくともここ数年のイエスマンぶりから比べれば)当時の日本とアメリカはかなりガチンコの対立を繰り広げていた。また、少なくとも多少は日本に勝ち目があると思うから、マハティールらも日本に賭けたのであろう(村山に対する有名な「戦争責任は忘れてよい。未来を見よ」発言は、裏を読めば「今回アメリカに勝ったら前回のポカはチャラにしてやる」ということであろう。…結局のところ、日本は彼らの期待には応えられなかったわけだが…)。
 今回の発議は、形式的には日本から出ている様だが、ASEANの首脳陣(の背後にいるマハティールやリー・クァンユーのような妖怪たち)が仕掛け人である可能性は大きいし、人道や国際正義という観点だけではなく、日本の国益という観点からも、様々な働きかけが可能であるはずであり、そういった論法を使えるかどうかは、日本の社会運動にとっても大きな転換点になる可能性を秘めていると言えなくもない…かな?

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このページは、かすががMay 14, 2006 12:37 AMに書いたブログ記事です。

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