Democracyについての覚え書き(その1) 民主主義と民主制は違う
もうすぐ選挙だから、ってことでもないけれど、Democracyという概念について、概念上の混乱があると思われる部分を若干まとめ。
そのうちちゃんとした文章に書きかえるまでの覚え書きなので、ややとっちらかっていますが…。
一応、全4回ぐらいの予定。
Democracyについての覚え書き
その1. 民主主義と民主制は違う
なぜか昔からDemocracyは民主主義と訳されるが、これはちょっと不思議な翻訳である。
たとえば、Bureaucracyは官僚制ないし官僚政治だし、Aristocracyは貴族制である(原義はベストなものによる支配、なので、エリート制と約しても間違いではない)。
基本的にはギリシャ語のkratosは実践的な力や制度という含意はあっても「主義」という意味はない。
したがって、もし民主主義と言いたい場合はDemocratismなどとするのが正しいだろう。
さて、なぜこんなことを言うのかというと、Democracyを語るために重要なのは制度であるという点を強調したいからである。
まず、Democracyを民主主義と訳せるとするならば、「Demos/民衆の望む政治が望ましい政治である」ということになるとしてみよう。
しかし、そう考えてみれば、「王権神授説」が隆盛した一部の時代を除けば、ヨーロッパでも非ヨーロッパでも「民衆の望む政治が望ましい政治である」という思想が主流ではない時代のほうがむしろ珍しい。
「未開」と呼ばれる人々の文化であっても、基本的には多数の人々の望むことを追求することはさほど珍しいことではない。
また、多数の人々の望むことがかなう状況というのは、「最大多数の最大幸福」と言い換えられ、これは哲学上は「民主主義」ではなくて「功利論」と呼ばれる考え方である。
Democracyは功利論が理想とする状況を作りだすためのプロセス(あるいは手続き)ではあるが、功利論そのものではない。
つまるところ、社会の多数のことを考えるべきだ、という合意があったとしてもそれだけでは「民主制」ではない。
多くの人は(特に日本では)結果より意志を尊重するが、社会をデザインする上で最も重要なのは、最良の結果を最も高い確率で導き出すための制度である。
そして、その制度こそがDemocracyであり、Democracyが最良の結果を導く可能性が高いとする思想がDemocratismである。
したがって、通常は意識(カントいうところの善意志)が行為の道徳的な正当性を保証するが、民主制にあっては社会的正統性を担保するのはあくまで理想ではなくて手続きである。
何がDemocracyに該当するかは諸説あるが、そのエッセンスとなっているのが、多数決による決定と、それに先立つ綿密な討議である。
注意が必要なのは、多数決による決定を支持する二つの立場がありうるということである。
一つはより功利主義的なものであり、この立場では「少数が得をする結果よりも、少しでも多くのものが得をする結果のほうが相対的に善である。したがって、多数決で人々は自分がより得をする選択に投票し、それが繰り返されることによって世界は徐々に良くなっていく」と考える。
こう考えたときの問題は、多数派と少数派があらかじめ決まっていたときに、こういった投票は繰り返されればされるほど、少数派にとって苦痛になっていくということである(たとえば8割のキリスト教徒と2割のイスラム教徒からなる国を考えてみよう)。
従って、この功利主義的な民主制は、参加者に十分な満足を与えないかもしれない。
次に、より理想主義的な立場がある。
この立場では、決定は各投票者が「全体にとって最善である」と思われるほうに投票すると仮定される。
多数決という原理を採用するのは、少数の人間に決定権がおわされた場合、その少数の人間の精神になんらかの理由(もっともありそうなことはその少数の利害にからむ理由)で錯乱が生じ、決定の純粋性が損なわれる可能性を危惧するからである。
こちらのほうが理想的な状況には違いないが、実際は多くの投票者が「自分の利益」に配慮した投票を行うだろう。
そこで、実際の投票活動を理想主義的な投票になるべく近づけるために、事前の討議が必要になってくる。
この討議は多様な意見を反映させ、最後にのこされた選択肢が社会の特定の層にのみ利益になるような事態を、なるべく避けなければならない(この「公平性」は民主的なシステムで決定されるのが社会の「ルール」であるということによっても規定されているが、ここではそれは検討しない)。
実際、民主制の哲学の歴史はこの「討議」のシステムをつくるために、努力の主要な部分を費やしてきたと言ってもいい。
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