ブラジル ルラ大統領の影響力
平川さんの「シラク仏大統領とルラ・ブラジル大統領、国連で国際税を提案」のコメント欄、たろう氏のコメントへのコメント（ややこしい）。
長くなったので自分のところのエントリーにしますが、よろしければ先にそっちを読んでください。
単なる憶測ですが、シラクはフランスないし欧州の経済利権のためにトービン税と言っているわけではないと思います。
また、もしトービン税が今予想されている通りEUでまず導入されれば、ユーロは一時的にせよ価値を下げるでしょうし、その後もユーロを経由させることがよぶんな税を徴収されることを示すわけですから、特にユーロの基軸通貨化に益するわけではないでしょう。
実際、先の大統領選挙でも、トービン税に積極的だった左派連合のジョスパンに対して、シラクは経済優先の立場から慎重な姿勢を見せていましたし、フランス議会で投票があったときも共和国連合（＝シラク派）の国会議員は基本的にトービン税に反対票を投じていたはずです（詳細は要確認）。
また、武器輸出大国であるフランスに、武器取引税などが有利である理由もないでしょう。
では、なぜそのシラクが心変わりしたかというと、これはそのまま第三世界の支持取りつけのためでしょう（現在シラク政権の支持率はじり貧ですから、国民に耳障りのいい外交政策で人気取り、という側面もあるかもしれません）。
一方、ルラ大統領はかねてからトービン税に積極的ですし、対米包囲網という意味ではキーパーソンです。
また、もし安保理改革が行われるとしたら、日本とドイツ以上にブラジルとインドの安保理入りは確実でしょうから、これらの国と関係を作っておくのはフランスの利益になるはずです。
そのため、今回はフランス側のイニシアティヴというよりは、ルラにシラクが大幅譲歩して見せた、というのが真相だと思われます。
現在の安保理を考えてみれば（拒否権の発動がないと仮定して）勢力分布としては米英と仏露中という構図になっていますね。これに日本とドイツが加わると、米英日と仏露中（反米連合？）という構図になって、ドイツがキャスティング・ヴォートを握るというケースが増えるはずです。
ただでさえ経済力対決では負けていて、EU内での政治力でドイツとの均衡を保っているフランスとしてはとても拙い（一方で第三世界諸国でも、大国は反米政策を支持しがちで、援助に依存する小国ほどアメリカに反対しにくい。従ってイラク戦争開戦の時のような薄氷を踏みたくなければブラジルのような大国が常任理事として居座ってくれたほうがフランスには都合が良いので、安保理枠拡大に反対するのも難しい）。
そこで今のうちに他の将来の常任理事国になりそうな国々と関係を築いておくほうがいい、ということではないでしょうか？
インドもどちらかというとアメリカにたて突きがちの国（特に現政権与党はかつて親ソ派だった国民会議派）ですが、歴史的にイギリスとの関係が深く、フランスが緊密な関係をつくるのは難しい側面があります。
それに対して、同じラテン語方言を公用語とするブラジルは、国民同士の交流も盛んで、フランスにとって遥かに政治的な連携がとりやすい国でしょう。
安保理問題を抜き荷しても（日本の報道だとあまり触れられませんが）南米の大国ブラジルに左派大統領が誕生したというのは非常に影響力が大きかったと言うのは指摘されるべきでしょう。
まず人材の国ではあっても資源の国ではなかった「アメリカの目の上のたんこぶ」キューバにソヴィエト崩壊後消滅していた資源の兵たん線が再構築された、ということがあります。
また、メネム政権下ではアメリカとIMFの優等生と言われたアルゼンチンも、経済崩壊後に誕生したキルチネル大統領によってIMFの再建策をつっぱね続け、順調に経済を回復させつつありますが、この背景にも（アルゼンチンむけのデニムの輸出枠を縮小するなど）ブラジルが経済再建策を積極的に支援しているという背景があります。
国際交渉の場でもインド、ブラジルに南アを加えたＧ３と呼ばれる諸国が第三世界の利害を代弁することが多くなってきており、ルラの発言力はかなり大きいものとなってきたと見るべきでしょう。
それにつけても驚くべきは、「アメリカの裏庭」というべき南米で反米的な政策をとる大統領が文字通りの意味で「生き延びている」という事実でしょう。
グラール、アジェンデ、アルベンスなど、アメリカに支援されたクーデターによって潰された南米の政権は数知れませんが、ルラやベネズエラのチャベスなど、近年はアメリカが「反米」とみなす政権を潰し切れないというケースが目立ちます。
また、それらの事実に勇気づけられたのか、アルゼンチンやチリなど、就任前は取り立てて反米と見なされてこなかった大統領も、IMFの統制を外れた独自路線を歩もうとし始めているように見えます。
エマニュエル・トッド『帝国以後』[Amazon] / [bk1]が言うように、実は冷戦崩壊後アメリカもその影響力を崩壊させつつあるんでしょう。
そんなわけで、むしろシラクについて監視しておくべきなのは、国際的な舞台では国際課税を提唱しつつ、実現に向けては「国内事情」を言い訳に先延ばしするという戦略に出ることではないかと思われます。
トラックバック(3)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: ブラジル ルラ大統領の影響力
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://talktank.net/mtype/mt-tb.cgi/87
先日とりあげた国連の9月20日の「貧困・飢餓撲滅行動のための世界首脳会議」（World Leaders' Meeting on Action Against Hunger and Poverty または World Summit on Action Against Hunger and Poverty または Summit of World Leaders for the Action Against Hunger a... 続きを読む
○Libya demands permanent UN seat …それは無茶(笑)。 ※ただ、Shalghem外相は権力を安保理から総会に移すことも主張していて、それが望ましいことは同感。 続きを読む
インターネット上でアメリカ大統領選に対して意志を表示が出来る。 アメリカの国籍がなくても、英語が読めなくても可能だ。 ちょっとココは投票するしかないべ！ ちゃんとした牛肉を日本に輸入するように。 日本を植民地化されないように。 （ﾟ-ﾟ）ん？ これって…日�... 続きを読む
ブラジルって結構政治大国なんですね。
日本は、経済だけ。
ブラジルにも、なんか負けているように思えます。
Sao Pauloさん
コメントありがとうございます。
別の場所
http://d.hatena.ne.jp/skasuga/20040912#p1
で書いたのですが、BRICと通称されるブラジル、ロシア、インド、中国は現在、経済的な重要性も増してきています。
また逆に日本は経済的な重要性も下げていると言えます。
そういう中で、お金の力でではなく敬意を払われる国になるにはどうすればいいのか、今正に考えなければ行けないところに来ているのは事実でしょう。
それが安保理理事国になることだ、というのは一つの回答かもしれませんが、やや安易な気がしますね。
小泉首相はルラ大統領やシン首相とがっちり握手をしていましたが、そのポーズに見合うだけ、彼らとちゃんとコミュニケーションできているのか、不安なしとしない、というところでしょう。