ホワイトバンドを巡る議論についての覚え書き 1.ホワイトバンド・キャンペーンの国際的な背景

 ホワイトバンドを巡る議論がかなり混乱しているようなので、ちょっとまとめに挑戦。
 さらっと書こうと思ったのですが、書けば書くほど書かないと行けないことが出てくる感じで、とりあえず1/3ぐらい。
 日本国内についてや日本とアフリカの関わりについては、書ければまたもうちょっと書きますがとりあえず「GCAPって何?」ってあたりをまとめてみました(コメントがいっぱいつくともっと書く気になるかも、と言ってみるテスト)。
 ちなみに面倒な人は結論だけ読むのも可。

  ◎◎ホワイトバンドを巡る議論についての覚え書き◎◎

1.ホワイトバンド・キャンペーンの国際的な背景

 まず、もう一度背景を復習しておこう。ホワイトバンド・キャンペーンおよびLive8は、GCAP(Global Call to Action Against Poverty)と呼ばれる国際的なプロジェクトの一部である。このプロジェクトは各国のNGOによって多中心的に発展しており、日本でもオルタモンドや英国の巨大NGOオックスファムの日本支部などによって「ほっとけない」キャンペーンとして担われている(どこかに本部があるわけではなく、一定の目標を共有した独立のNGOがそれぞれのフィールドで活動を展開している)。GCAPは主に4つの目標を提示している。つまり、(1)貿易の公正。(2)債務の帳消し。(3)援助の質と量の増大。(4)国連の提示するミレニアム開発目標への国レベル、国際レベルの協力と、そのための(第三世界における)水道インフラなどの公共サービスの充実。

 ホワイトバンド&Live8は、第一に1984年と1985年にエチオピア飢餓を救済するために行われたBand AidおよびLive Aid(日本でもアメリカのアーティストグループによる"We are the world"がヒットし、ブームとなった。ちなみに英国側がリリースしたのが"Do They Know It's Christmas?")の後継イベントである。このときは全世界から2億ドルの寄付を集め、一定の成果を治めたが、それは実はアフリカ全体が抱える債務の利子数週間ぶんにすぎなかったということが、参加したアーティストたちに大きな衝撃を与えた。「ホワイトバンド」はLive8や、イギリスで行われたG8サミットへの抗議デモに際して、アフリカの債務帳消しを求める印として「白い」なにかを身につけて集まろう、と呼びかけられたのが発端である。イギリスではデモのスタート地点などで適当な白いバンドを配り始めたのが始まりであり、これが市民の要望を受けて、ネット上などで販売も開始された、という経緯である。
 ちょっとややこしいが、構造を説明すれば、世界レベルのキャンペーンの統合的名称がG-CAPであり、そのイギリス版がMake Poverty History、日本版が「ほっとけない」である。で、Make Poverty Historyの一部として今年に入って開始されたLive8およびホワイトバンドの名前が、なぜか「ほっとけない」を凌駕して知られるようになってしまった、というのが日本での経緯である。G-CAPおよび「ほっとけない」それ自体は昨年から続いているキャンペーンであり、今年一月の世界社会フォーラム(WSF)でも進展状況が報告され、また欧米諸国では一定の報道があるなど続いていたキャンペーンであるが、ホワイトバンドおよびLive8までは日本ではほぼ無視されていたといってもいいかもしれない(日本の「ほっとけない」サイト自体は、私の記憶によれば年末か、今年に入ってすぐぐらいに立ち上がっているが、話題になり始めたのは「ホワイトバンド」ビデオが流れ始めた6月以降であろうと思う)。
 ちなみに「ホワイトバンドが寄付ではない」というのは、債務問題が最大の焦点になっているからである。現在問題になっているアフリカ低開発国の債務は(比較的穏健な数字を採用すると)約3000億ドル。うち半分強がDAC(Development Assistance Committee。OECDの下部機関)諸国の二国間援助によるもの、のこりの大半がIMFと世銀を中心とした国際機関によるもので、あと若干多国籍企業の投資や非DAC国(中国など)の援助が入っていると考えればいいだろう。NGOはほぼ全額、英政府は1000億ドル強の債務帳消しが必要だと考えている。金額の少ないブレアの主張を採用するとしても、Live Aidで集まった募金の1000倍。ホワイトバンドの売り上げを全部返済に回したとしても、バンド350億個以上売り上げなければいけない計算である。また、金持ちが寄付すればいいじゃないかという批判もあるが、たとえば世界一の金持ちであるビル・ゲイツの総資産が500億ドル弱であるので、彼が全額を寄付したとしてもまだ債務帳消しにはとうてい足らない。一方で、G7諸国は年間3500億ドル程度を農業補助金(その一部は輸出助成金として使われ、第三世界の農業を圧迫していると批判されている)としてつかっており、また軍事費は7000億ドルとも言われている。たとえばこれらの一部を(例えば年間数百億ドル程度)債務削減に利用すれば、3000億ドルの帳消しもさほど難しい話ではない。したがって、たとえばエチオピアやスーダンの飢饉のような、気候変動や政策的な失敗、または紛争による(実際はそれらの複合要因のことが多い)飢餓などには、募金による援助活動は有効であるが、債務や貧困そのものの問題に立ち向かおうとするのであれば、政策提言(とそのための調査活動)が必須である、というのがLive AidとLive8の方針の違いである。
 同時に、債務問題に取り組むという意味で、GCAPおよびホワイトバンド・キャンペーンは、ジュビリー2000の後継キャンペーンでもある。ジュビリー2000はイギリスに始まり、全世界に広まった運動で「西暦2000年をアフリカ債務にとってのヨベル(英語でJubilee)の年(ユダヤの民が聖地カナンに入った年から数えで50 年ごとの年。証文を捨て、奴隷を解放し、人手に渡った土地を返却し、土地を休耕することなどが定められた)とする」ことを呼びかけたキャンペーンである。地雷廃絶キャンペーンと同時に、コミンテルンのような中央組織に支配されたものではない新しいタイプの社会運動が国際政治を動かすようになった例の端緒としてメディアや社会学者の注目を集めた。ちなみにジュビリー2000では、およそ1000億ドルの債務帳消しを引き出すことに成功したが、これらは実は「完全に焦げ付いた」借金だけであり、現在でもアフリカを中心とした最貧国は国家予算の15パーセント以上を債務返済に充てるというような、厳しい国家経営を強いられている(また、債務削減プラン自体が問題を含んでいるという指摘もある)。このため、再度の債務帳消し計画の立ち上げが望まれていたが、それを提示したのが今回のホワイトバンド・キャンペーンである。また同時に、このキャンペーンは年末に香港での開催が予定されている世界貿易機構(WTO)閣僚会議などにおいて、アフリカを中心とした低開発国に不利な条件が押しつけられないかどうかの監視と政策提言を行うことも視野に治められている(これは詳しくは別稿で扱いたい)。
 後述するが、日本では広告屋主導でホワイトバンド・キャンペーンが行われたことへの批判も大きい(例えば 「さて次の企画は - ほっとけない! ホワイトバンドで儲けるサニーサイドアップ・メソッド」への反響とか)。しかし、先行したジュビリー・キャンペーンが日本ではいかに知られていないかを考えてみれば、広告のノウハウを持たない社会活動がいかに無力であるかということに気づかざるをえない。
 GCAPおよびホワイトバンド・キャンペーンもこうした多中心的なキャンペーンの一つであるが、もう一つの側面として国際機関や英政府の支援を受けている、ということがある。2005年1月にスイスのNGO、世界経済フォーラム(WEF。年間300万円の会費を払えるエグゼクティヴだけが加入できる金持ちクラブである)の年会に出席したブレアは、ボノらの有名アーティスト、マンデラ元大統領らとともに大規模なアフリカ支援プログラムを立ち上げることを約束した。本来世界経済を語り合う場所であるはずのWEFで債務の問題が大きく取り上げられるようになったことの背景にも、この多中心的なグローバル・キャンペーンが大きく関わっているのだが、そのあたりについても稿を改めたい。
 このブレアによって提示され、アメリカの支援を受けた「債務帳消しプラン」は、ボノらの有名人らと、オックスファムやAction Aidら先進国のNGOの支援を受けることになった。しかし、反対派も存在した。第一の勢力は、債務削減はあまり意味がないとするエコノミストであるが、この議論については詳細は長くなるので別稿に譲る。次のグループはヨーロッパ(大陸)側の諸国である。アフリカに多額の債務を残すフランスやドイツのみならず、開発援助では基本的に贈与しか行っていない(つまり債務をアフリカに残していない)北欧諸国まで、ブレア・プランには批判的である(債務の一部を削減することには同意しているが、ブレアのプランよりだいぶ少ない。理由の詳細についてはいろいろな論点があるので、また稿を改めたい)。ヨーロッパ諸国は新しく通貨などへの国際課税を設置し、その収益を債務補填や貧困対策に当てるというプランを支持している。ちなみに今回ホワイトバンド・キャンペーンに参加しているNGOの大半は、その両方を同時にすすめるべきであると主張している。
 最後に、ブレアのプランが、アフリカに対して差別的な視点から立脚されているという批判がある。例えば、ブラーのデーモン・オルバーンなどのアーティストはLive8に黒人アーティストがほとんどいないことや、優れたものが劣ったものを「救済」しているというイメージを喚起していることを批判している。また、一部知識人や第三世界のNGO、それによりラディカルな立場をとる先進国のNGOも、ブレアのプランが「適切なガバナンスを行っている」アフリカ諸国を債務削減の対象としていることに危惧を表明している。「適切なガバナンス」という言葉で、例えば民主制の健全性ことではなく、経済的な投資適格が問題にされるのではないかという批判が大きいためである。というのも、90年代に世界銀行と国際通貨基金(IMF)が中心になって行われた低開発国支援プログラムでは、公共事業の民営化や輸出の増大、労働基準の切り下げと言った「ネオリベラル化」が援助の与件とされたため、名目GDPこそ上がったものの、ジニ係数や人間開発指数などは大きく悪化した国が多かったためである(特に大きな問題になったのは水道供給の民営化で、スラム地区への水道供給が停止されたり、水道料金が2〜10倍に跳ね上がる、ということが各地で見られた)。また、たとえ目標がいいものであるとしても、イラク戦争を推進したブレアや、援助を食い物にしているという酷評を受けているネスレらの多国籍企業との関係が深いアナン国連事務総長と協力体制をつくることへの批判も根強い。包括的な批判については、例えば「時流に乗るNGOはアフリカを失望させるのか?」を参照のこと。
 
 これらのことを総合すると、本来の「ホワイトバンド」は以下のような思想信条になんらかの理解を示しており、そういった基本線に沿った政策を支持し、また自分の自由になる時間や収入のうちの若干量をそのために利用することも辞さないということの表明であった、と考えることができる。
 つまり、アフリカなどの低開発国の経済は健全化できるが、そのためにはアフリカ諸国自身の自助努力だけではなく、国際的な財政出動を含めた、なんらかの国際的な政策措置が必要である。したがって、目指される国際経済のモデルはミルトン・フリードマン型の自由放任でも、マルクス主義的な統制経済でもなく、アマルティア・センやジョゼフ・スティグリッツの提示するような国際的なレギュレーションである。その際に、多国籍企業や自国政府、国連などの既存の勢力とは一定のパートナーシップを築くことができるという前提に立つ(ある種の陰謀論には与しない)が、それらを無条件に支持するのではなく、一定の異議申し立てと監視は必要であると考える。
 これが日本では若干異なる意味で理解されてしまっているのが問題であると思われるが、そのことについては次章で考察する。


 以下、つづき(の予定)。

2.日本とアフリカ

3.我々に何ができるか?

【追記】
・用語(ジュビリー2000が200)とてにおはを修正しました。
・Live8とMake Poverty History も連携を保ちつつ独立の運動として活動していた、というご指摘をいただきました。そこははっきり書いていなかったので付け加えておきます。
・その他、ご指摘およびご意見を歓迎します。

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コメント(3)

海外サイトまでチェックしていないため、非常に参考になりました。

かすが :

 長ったらしい文章にお付き合い頂きましてありがとうございます。
 こちらこそ「サニーサイドアップ・メソッド」は大変参考になりました。
 社会善なんてないというニヒリズムとも、背景を見ない自己満足とも適度に距離が取れるようなスタンスがとれれば、と思います。

サミヲ :

はじめまして、サミヲです
本文中の

「適切なガバナンス」という言葉で、

から始まる文章は

言葉を例にとると、「民主制の健全性」ではなく「経済的な投資への適格性」が問題にされるのではないかという批判が大きいためである。

と続けた方がわかりやすいのではないですか?

また、チャリティの問題ですが、日本語でボランティアがもともと「(無償)奉仕」と訳されたところから人々(特にそのことへ疑問を感じない人々)の誤読が始まっている気がします

あと、詮無いことではありますが「てにをは」です

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このページは、かすががSeptember 14, 2005 5:13 PMに書いたブログ記事です。

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