『通貨投機・金融自由化に対抗する: アジアのネットワークを』報告

 ゴールデンウィーク期間中、京都の北にある国際会議場ではアジア開発銀行の年次総会が開かれている。今年はアジア開発銀行40周年だとかで、それなりに気合いが入っている。
 この手の国際機関の総会のさいには、グローバルな抗議集会が行われるのが通例となっているわけであるが、日本ではこれまで色々な問題からそれが難しかった。今回は、これまでにない規模でアジアを中心とした各国からの社会運動家が来日している珍しい機会となった。

 で、とりあえず4日にATTACが中心となって行ったシンポジウムの速報。
 ちなみに、春日個人による個人的な報告であるとお考えください(ATTACとしてはそのうちなんかつくるでしょう)。

 2007年5月4日13時から17時、京都市内にあるハートピア京都にて『通貨投機・金融自由化に対抗する: アジアのネットワークを』というシンポジウムが開かれた。これはアジア開発銀行京都総会に合わせて行われている『アジア開発銀行京都総会・市民フォーラム』(5,6日、於同志社大学)の一環として行われたものであるが、スピーカーの都合などから日程をずらして行われたものである。主催は「国際通貨税ネットワーク」となっているが、これは通貨取引税(Currency Transfer Tax 以下CTT)を求める国際的なネットワーク運動の呼称であり、実態としては日本ではATTAC Japanおよび各地のATTACなどが担っている。  講演はATTACフィンランドのヘイッキ・パトマキ(ヘルシンキ大学政治学部教授)およびカタリーナ・パトマキ(グローバル民主化ネットワーク研究所)、京都大学の諸富徹氏(京都大学大学院経済学研究科助教授)によって行われ、その後3人の海外参加者から短い報告があり、最後に総合討論が行われた。  ヘイッキ・パトマキ氏およびカタリーナ・パトマキ氏はご夫婦であるが、それぞれの立場でATTACの活動に取り組んでおり、ヘイッキ氏からはつCTTについて、またカタリーナ氏からは第三世界の債務の問題について講演が行われた。

 ヘイッキ氏はまず、CTTという概念の歴史的経緯について概括した。
 CTTはトービン税と呼ばれることもあるが、これはケインズ派の経済学者ジェームズ・トービンが提唱したことによる。トービンは、現在国際社会で議論されているCTTに自分の名前を冠されることを嫌ったが、いくつかの大きな通貨危機のあと、CTTへの注目は増大している。特に、1997年のアジア通貨危機は一つの転機になり、欧州各国では2000年前後にいくつかの国でCTT法案が議会を通過している。
 また、ブラジルのルラ大統領とフランスのシラク大統領によって提唱された国際的なイニシアティヴでは、貧困削減のためのミレニアム開発目標の実現のために、国際課税が推進されることを推奨している。ミレニアム開発目標の実施には年間500億ドルの資金が必要であり、この資金を国際課税で捻出すると言うことが推奨されている。
 現在、国際的なNPOなどにとっては、この後者の意味でのCTTが重要性を増している。もちろん通貨及び国際金融の安定を、よい副作用と位置づけることはできる。また、公正さ(Justice)という問題もある。国際金融における投機的なマネーは人々の生活を不安定化する一方で、一部の人間にだけ莫大な利益をもたらす。いわば、「利益が個人化され、リスクは社会化される(Privetise Benefit, Socialise Risk)」のである。このリスクを裁定するための資金を課税し、グローバルな共有材のために利用するという考え方は、公正さの概念にかなうであろう。加えて、通貨取引への投資を規制することで、金融セクターに回っていたお金が実体経済への投資に回るという効果も期待できる。
 最後に、国際金融の統制というのは、新たな経済民主制への挑戦でもある。資金をどのように使うかなど、単に国家レベルでの民主制ではない、国際的な機構を民主的に運営するようなシステムが必要である。これについては詳細に触れる時間はないが、ウェブサイトで"Draft Treaty on Global Currency"が公開されており、日本語でも読むことができるので参照して頂きたい(注1)。

 次に、カタリーナ氏は今なお第三世界債務の問題は非常に大きく、その問題性は増大してさえいると述べた。
 債務問題は多くの問題の複合体であり、貧困やHIVなど多くの問題に取り組む第三世界のNGOの多くが債務問題についてある程度関係し、その完全な帳消しを求めている。債務は第三世界の国家予算、特に公共サービスセクターを圧迫することによって他の諸々の問題の解決を難しくしているのである。
 2000年に行われたジュビリー2000キャンペーンでは、ヨーロッパでも債務帳消しが「チャリティ」なのか経済的な公正さと効率性の問題なのか、という点が大きな議論になり、それが運動分裂の原因にもなったと述べた。その上で、第三世界債務の問題をグローバル経済の問題として位置づけ、理解していくことは今後の世界にとって重要であると述べた。
 1982年のメキシコ危機のころから、債務の問題は注目を集め、ジョゼフ・スティグリッツ、ジェフリー・サックスやポール・クルーグマンといった著名な経済学者たちがこの問題に取り組み始めた。これらの論者は債務帳消しがグローバル経済にとって必要であり、かつ好ましい結果をもたらすと論じている。
 また、国際的な市民社会組織(CSOs)の合意としては、債務問題がグローバルな経済構造、特にブレトンウッズ体制が未完成のままいくつかの問題を積み残し、GATTなどの修正案がそれを解決できなかったことの帰結である。こう考えれば、債務問題は第三世界に責任があるのではなく、先進国も含めた地球全体の問題であることはあきらかであろう。
 しかし実際は、債務削減/帳消しは経済学の用語で語られるが、基本的には政治的な動機で行われてきた。ドイツの債務削減はナチスの再興を防止するという名目のために行われたし、エジプトのケースでは湾岸戦争への協力の見返りとして行われた。最近では、イラクの債務帳消しが米国の影響下にある新体制を支援するために行われたことは記憶に新しい。
 債務についての研究はまだ30年に満たず、多くの問題が積み残されている。今後議論して行くべき問題が多く残っている。これらはもちろん、経済だけではなく、法的、政治的側面から総合的に行われるべきである。また、帳消し後に再び重債務化が起こらないようにする方法はあるかや、国内的にどのような制度を作っていくかを論じる必要もある。国連貿易開発会議(UNCTAD)は第三世界の多くの国の経済状態が悪化することにより、重債務化が激化する可能性を指摘している。
 IMFは支払い能力や正統性の低下により、国際社会でのプレゼンスを低下させている。最近、ベネズエラはIMFからの脱退を表明した。一方で、新たな貸し手が台頭している。民間資金や中国に代表される新興国である。これらの資金源は融資の条件が緩く、高金利であるという特徴がある。この影響を考えることも重要である。
 当面の目標としては、債務帳消しの完全な実施を求めること、その運動を社会的公正を求める第三世界の社会運動や、より広い意味での「オルタモンディアリズム運動」と連携させること、そしてそれらをグローバルな民主化を求める運動とつなげていくことが重要である。

 最後に、諸富氏からは環境税との関連でCTTの合理性と必要性が述べられた。
 ドイツで、租税の本質から外れるとして、環境税に対する違憲訴訟が行われたが、ドイツ最高裁の判決はこれが合憲であるというものであった。これを考えれば、CTTも認められる素地はあると考えられる。しかし、経済学者のピグーが環境税を提唱したのが1920年代のことであり、最初の環境税がオランダの下水課税であり、1969年のことである。このことを考えれば、こうした概念の浸透に時間がかかるのはある程度仕方がない。
 また、環境税はこれまでのところ国家レベルの課税として実施されているのに対して、CTTは国際課税であり、より制度的に複雑であるという問題がある。ただし、炭素税に関して言えば現在までのところ国家レベルで実施されているが、いずれにしても国際的な制度は作らなければ行けないので、この点はCTTだけの問題ではない。
 やはり、公正さという問題を私的なリスク(Private Risk)と社会的なリスク(Social Risk)という問題でとらえる必要がある。トレーダーは私的なリスクをあおり、結果として社会的なリスクにつながる。この社会的なリスクを経済の外部性(Externality)あるいは社会的なコスト(Social Cost)と考えれば、課税は可能であろう。このことは、汚染者負担の原則(Polluter Pays Principle)あるいは受益者負担原則(Benefit Principle)というところから議論を進められると考えられる。後者の場合、取引額ではなく、収益への課税が好ましいと言うことになろうが、技術的にはそのほうが遙かに困難である。
 また、税制の共通化(Tax Harmonization)への要求は高まっており、実際EU圏内では具体的な作業が進んでいる。しかし、税制の共通化は一国でも反対すると成立しないため、様々な困難がある。とはいっても、自国の税率を低くして企業を誘致するということを相互に行う租税競争所帯が長期に続くことは問題が大きいので、これは解決すべきだし、するべき問題である。また、単に収入を国際機関にゆだねるのではなく、民主的に議論するための制度が必要になってくるだろう。

 これら三者の発表を受けて、各国からいくつかの報告が行われた。
 韓国からは米国資本(ローンスター銀行)が国営銀行の一つを買収したのだが、そのときに粉飾会計を行って買収金額を下げ、3年後に3倍以上の高額で別の国営銀行を含む二つの韓国系銀行に売り抜けたという事例が紹介された。
 フィリピンからは、国家予算の半分が債務返済のために使われ、公共サービスが著しく制限されている状況が報告された。また、恒常的な関税引き下げ圧力や、日比FTAを含む自由貿易協定により、租税歳入が低減しており、そのために付加価値税の増税などが行われている現状も指摘された。
 また、フィンランドからは、こうした状況をふまえて、WPF(World Public Finance)キャンペーンの必要性と現状が報告された(注2)。世界社会フォーラムなどの機会に発議され、CTTの導入やタックスヘブンの規制などを訴えていく国際的なキャンペーンである。特にタックスヘブンの問題は深刻であり、IMFの統計でも途上国にはいるべき税収のうち少なくとも5千億ドルが世界で70カ所ほどあるタックスヘブンに逃げていると考えられるという。

 この後、質疑応答が行われ、日本からもこういった政治、経済と南北問題の公正を求める運動に積極的に参与していくべきであるという主催者側からの提起などが行われた。

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このページは、かすががMay 6, 2007 6:47 AMに書いたブログ記事です。

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