「科学と民主制のための世界社会フォーラム」への呼びかけ、解説編

 これは「『科学と民主制のための世界社会フォーラム』への呼びかけ」の解説です。まず呼びかけのほうをご覧ください。

 まず、世界社会フォーラムを知らない方のためにそこからご説明したいと思います。
 世界社会フォーラム(WSF/World Social Forum)は、全世界の社会運動体の年会として2001年にブラジル南部のポルト・アレグレで第一回が行われました。
 その後、ポルト・アレグレで2003年までに三回行われ、2004年はインドの商都ムンバイ、2005年は再びポルト・アレグレ、2006年は多中心世界社会フォーラムと銘打ってバマコ(西アフリカのマリ)、カラカス(ベネズエラ)、カラチ(パキスタン)で同時開催が試みられました(実際は印パ国境で2005年末におこった大地震の影響で、カラチの開催が2ヶ月先送りされたため、同時開催は二カ所)。
 そして、今年2007年はナイロビで行われ、2008年はさらに分散化を進めると言うことで1月27日を中心とした全世界同時フォーラムが予定されています(今後の予定などはWSF Bulletinを参照)。

 社会フォーラムの特徴は、スイスのダヴォスで行われている世界経済フォーラムに対抗したイベントであると言うことです。
 世界経済フォーラムが高額の会費を払うか、あるいは招待された政界・経済界の一部のトップエリートだけに参加が許される集まりであるのに対して、世界社会フォーラムは誰でも参加でき、議論するための場として設定されています。
 また、世界経済フォーラムが基本的に「経済」を重視し、「ネオリベラリズム/新自由主義」と総称される経済優先の社会政策を推進する経済右派に属する人々の集まりと見なされているのに対して、世界経済フォーラムは社会政策を優先する経済左派(マルクス主義からいわゆる国際ケインズ主義を含む)の集まりであると考えられています。
 このことに反論して、近年は世界経済フォーラムもアフリカの貧困問題など、社会政策的な側面を重視するようになってきていますが、それ事態が世界社会フォーラムの成功がもたらした圧力の結果だと見ることもできるでしょう。

 社会フォーラムの参加団体が扱う問題は、環境、民族、戦争と平和、民族移動、ジェンダーとセクシャリティ等多岐にわたります。
 また、政治的には世界社会フォーラムにはオックスファムやWWFのような穏健派の社会運動体から第四インターナショナル系の極左運動まで含んでいます。
 参加の条件としては、行き過ぎた資本主義への懸念を共有し、闘争のために暴力を使わない団体のメンバーすべてということになっています。
 ただし、非常に興味深いのですが、国家や政党を代表しての参加は原則的には認められません(ブラジル開催のときは通常、労働者党選出のルラ大統領の演説が行われますが、これも通常「たまたま同じ街で開催しているだけ」という位置づけになります)。
 また、逆に「個人」としての参加も認めるべきか、これまで議論を呼んできました(すべての参加者は個人の利害を主張するのではなく、大なれ小なれなんらかのグループの人々を「代表」することに努めなければいけないというのが社会フォーラムの基本理念です)。
 
 さて、再来年の2009年については世界社会フォーラムはブラジルに帰り、北部の都市ベレンでの開催が予定されています。
 南部ポルト・アレグレはブラジルの中ではヨーロッパ(ドイツ・イタリア)系の移民率が高く、所得や識字率も高い地域として知られています。
 それに対して、ベレンを含めた北部は(アフリカ系や日本なども含めた)非ヨーロッパ系の移民の率が高く、またアマゾン地区の環境問題やそれと絡んだ先住民の権利問題も深刻で、より多様で深刻な問題を抱えた地域として知られています。
 世界社会フォーラムは第三世界で開催することが基本とされていますが、そういう意味ではインフラも整備され、限りなく先進国に近いポルト・アレグレではなく北部のベレンで行われるというのは新しい挑戦でもあるでしょう。

 その2009年のベレン世界社会フォーラムのなかで「科学と民主制のための世界社会フォーラム」を開催することがATTACフランスらによって呼びかけられています。
 http://fsm-science.org/
 呼びかけ文はまだ暫定的なもののようですが、とりあえず翻訳を作成しました(英文は上記サイトでご確認にいただけます)。

 ちなみに、これまでの世界社会フォーラムはフランスとブラジルの市民運動にリードされてきたという経緯があって、これらの国の社会運動体の特徴として、問題を社会経済的なものと捕らえる傾向があります(「気候変動に対応するためにはストライキで、それでもダメなら国際課税だ!」)。
 これは、問題を科学・技術的なものと捕らえるドイツや北欧の団体(「500キロ以下の移動について年間何十万人飛行機から電車に切り替えれば温暖化ガスの排出量を何パーセント押さえられる云々)と好対照と言えるでしょう。
 もちろん、多くの問題は単純に科学技術に留まるものではなく、一方で科学知識なしに解決できる問題でもないのであり、両者の対話が必要なのは言うまでもありません。
 それらの点は兼ねてから認識されており、今回の声明につながったと考えるべきでしょう。

 呼びかけ団体も多岐にわたっています。

 ATTACは98年のアジア通貨危機を切っ掛けに発足した団体であり、通貨取引税(いわゆるトービン税)などの活用により、国際金融の動きを管理し、経済の弱い部分にグローバル化のしわ寄せがいくことを防ぐことを訴えています。
 ATTACはフランスを起源としているが、数年のうちに世界各国に広がり、世界社会フォーラムの発足の切っ掛けにもなりました。

 All India People's Science Networkは南インドのケララ州を発祥の地とする科学者のネットワークで、インド全域の識字運動に大きく係わってきました。
 ケララの商都コチ(旧称コーチン)を含むエルナクラム県はインドではじめて完全識字を達成した地区として知られています(また、ケララ州はGDPに比して極めて高い平均寿命や低い乳児死亡率で知られており、「社会開発の奇跡」と呼ばれる地域でもあります)。
 現在は、識字及び理科教育だけではなく、ボトムアップの研究開発にも力を入れており、住民が自分たちで管理運営する上水道技術をサポートしたり、エネルギー消費の少ない竈を開発するなどの活動も行っています。
 90年代なかばには、数百万人が会議に参加する形で、ケララ州の地方自治を考えるキャンペーン(People's Plan Campaign)を実施し、地方分権を推進するための制度を確立したことでも知られています。
 ムンバイの世界社会フォーラムでは、その実施に大きな力を発揮しました。

 これらの団体は社会運動家にとっておなじみであろうが、科学者や科学論(STS)の研究者にとっては聞き慣れない運動かも知れません。
 逆に、イギリスのNGOであるDEMOSは遺伝子組替えやナノテクノロジーなどを巡って、市民参加型のワークショップなどを運営してきたNGOであり、日本でも科学技術コミュニケーションの研究者にとっては重要な団体ですが、社会運動の側にとってはこれまでさほど馴染みがある団体ではなかったでしょう。
 実は90年代以降イギリスは、科学技術に関する政策決定に市民が参加するシステムを開発することについて、世界をリードする存在となっており、多くのNGOがある時は政府機関や企業と協力し、ある時は対立する形で議論を深めてきました。
 これは勿論、BSE(いわゆる狂牛病)問題に端を発するものですが、主要な争点は90年代は遺伝子組替え作物であり、現在はナノテクであると見なされています。
 もちろん気候変動なども重要な問題ですが、それらはどちらかというと問題の質としては合意を見ており、どうやって解決するかというフェイズに移行しているのに対して、ナノテクは「社会問題になるか」どうかも定かではないという側面があります。
 そこで、これまでの諸問題(GMO、BSE、アスベストやフロン等)の時のように、問題や対立が起こってから事後的に対処するのではなく、「上流(Upstream)」で(つまり、問題が起こる前に)専門家だけではなく市民社会を広く巻き込んだ形で検討を加えようと言う流れが一般化してきています。
 その最先端の実践を担っているのがDEMOSのようなイギリスのNGOだと考えられているわけです。

 たとえば、ナノテクについて様々な立場の市民が議論するナノジュリー(ナノ陪審)は二つの大学とメディア(がーディアン誌)、NGO(グリーンピース)の合同事業として行われました。
 この例からも分かるように、日本より社会運動のネットワーク化の進んでいる欧米では個別の団体ごとには連携はあるわけですが、そういった流れが世界社会フォーラムという場所を得てより緊密で広範な協力関係に発展することが望まれています。

 例えば水俣問題や原子力関連の運動の長い歴史を持つ日本は本来、こうした関係についてリーダーシップを取る国のひとつと見なされても良さそうなものですが、残念ながら今のところそれは難しいようです。
 今回のことを切っ掛けに、科学者と市民運動のネットワークを構築していく機会のひとつにできれば大変有意義なのではないでしょうか。

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このページは、かすががNovember 4, 2007 1:15 PMに書いたブログ記事です。

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