【講演記録】経済(移民・南北) 〜誰がもうけてんだー!?

「もうひとつの世界って、ナンなんだ!?」(2004年05月08日 明治学院大学アートホール)で利用した配布物から転載。

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経済(移民・南北) 〜誰がもうけてんだー!?

 これまで世界社会フォーラムが開催されてきたポルト・アレグレでは、左派政党が政権をとっており、様々な市民参加型の自治が行われていました。対照的に、今回会場に選ばれたムンバイのあるマハラシュトラ州は、バール・タッカレーという右翼の政治家が強いところです。インドに左派政党が強い地域が無いわけではありません。日本軍と協力してイギリスと戦った独立運動の闘士チャンドラ・ボースの出身地である西ベンガル州や、識字運動で国際的に有名なケララ州などは伝統的に共産党が強く、ポルト・アレグレ同様に様々な住民自治が試みられてきました。また、実はムンバイもかつては世界に開かれた貿易港として、ヨーロッパで教育を受けた知識人を多く擁し、また活発な繊維産業に従事する労働者によって組織された組合によって、左翼の強い都市と言われてきました。
 ところが、現在は極めて右翼的な都市と言われています。この「右翼」という言葉も単純ではないのですが、インドの場合、人口の8割を占めるヒンドゥ教徒を大事にし、ヒンドゥの文化を基盤にした政策を行おうというものです。このとき、インド最大のマイノリティ・グループであるイスラム教徒が、外部のイスラム勢力(パキスタンなど)と組んでインドを混乱させようとする敵として名指しされます。日本でもそうですが、世界各地でこういった排外主義が盛んになっています。ヨーロッパでも、フランスのル・ペンや暗殺されたオランダのフォルタインなどが、増える一方のイスラム移民の排斥を訴えて支持を延ばしています。
 しかし、なぜムンバイの労働組合は崩壊したのでしょうか? また、なぜ普通の人々にとって国内のイスラム教徒や外国が驚異に見えるようになってきたのでしょうか? その背景には90年代以降に起こった、世界的な経済構造の変容があります。80年代ごろまでは、世界中どこでも企業にとっては終身雇用が普通でした。ところが、まず管理職が、そして普通の労働者までもだんだんと有期雇用や派遣に置き換えられていきます。こうした中で、労働組合が維持できないのは各国とも同様です。
 インド経済も世界経済の流れから無縁ではありません。1990年ごろのインドは、国内経済と国家財政は破綻寸前でした。この危機に登場したラオ首相は国際的な経済学者であったマンモーハン・シン蔵相を起用、国内経済の大幅な改革に着手します。公共事業と福祉を切り下げ、外資を導入し、国営公社を解体した上で、情報産業やバイオテクノロジーに力を入れます。この結果、わずか数年でインドは「世界経済のお荷物」から世界経済の牽引車の一つといわれる存在にまで急成長します。しかしながら、こういった改革の結果、国内の貧富の格差は増大していきます。
 この不満から、ラオ政権は次期選挙で敗退し、社会党(ジャナタ党)を中心とする左派連立政権ができます。このあたりも、社会党、共産党と緑の党が連立して政権をとったヨーロッパの状況とよく似ています。しかも、これらの政権も有効な労働者の保護を打ち出せなかった点までヨーロッパの状況にそっくりでした。こうして、人々の心は社会党からも離れていきました。そうしたすき間に、BJPやシヴ・セナといったヒンドゥ主義右派が入り込んできます。インドではこれらの政党が中央政府や一部の州政府で政権をとるに至っています。こういった政権は、ラオ政権が端緒を開いた経済改革路線を継続しつつ、それが生活に与える悪影響の責任を、外からの労働者や国内のマイノリティに転嫁することによって人々の不満の矛先をずらして政権を運営し続けていると言えます。
 しかし、一般市民の暮らしが悪化しているとすれば、その原因が90年代以降の経済構造の変化にあることはほぼ明らかであるといえるでしょう。このことにはいろいろな要素がからんでいるのですが、第一に資本や貿易、労働力の自由化が強力に推進されたということがあります。この結果、工場などは少しでも賃金の安い地域に流れていきます。また、これに対抗するため各国とも特別区のような地域をもうけ、そういった地域では税金を安くして、また労働基準法なども緩和する措置に出ました。基本的には税金の引き下げ競争というのは、プレイヤーが破滅するまでは引き止める力のかかりにくい、一種のチキン・レースみたいなものです。労働基準法が骨抜きになったことによって、児童労働の問題も深刻になりました。
 また、人の行き来を自由化することも奨励されたため、より賃金の安い地域から一時労働者が流入します。たとえば、ムンバイの場合であればインドの中で比較的所得の低いビハール州や、近隣のネパール、バングラデシュなどからの労働者がやってくるわけです。結局、日本を含めて今世界中で起こっている外国人労働者の増加の背景には、こうした経済構造の変化や、自由化の推進があるわけです。つまり、労働力はより給与水準の高い地域へ流れ、資本はより給与水準の低い地域へ流れていき、それを押しとどめるための労働基準法はどんどん骨抜きにされていく、という現実があります。こういった経済構造の問題から目をそらさせるために、政治家が「外国人の脅威」を言い立てるのも、もはや世界中共通です。
 また、こうしたなかで(原因についてはここでは省きますが)、経営陣の給与だけは天井知らずにあがっていきます。アメリカを皮切りに世界に広がった雇用の流動化、あるいはフリーランス化はまず管理職に起こったのですが、管理職、特に経営陣に加われるような人々は、この流動化の恩恵をたっぷり被っていると言えるでしょう。また、為替取引や金融取引などの制度が発達したことにより、投資家にとってのチャンスも広がりました。一方で、労働者の給与は「価格競争に勝ち抜くために」ぎりぎりまで低く押さえられます。
 しかも、インドは中国やマレーシアなどと並んで、自由主義型の経済改革が比較的成功した国であるとみなされています。ほかの多くの国々、つまりアフリカやラテンアメリカなどの国々は、IMFと世界銀行の勧告を受け入れた結果、さらなる貧困へと落ち込む羽目になりました。
 こうした経済の自由化とグローバル化を推し進める思想を新自由主義(ネオ・リベラリズム)といい、それを担ってきた人々をシカゴ学派と言います。彼らがシカゴ学派と呼ばれるのは、彼らのリーダーであった経済学者ミルトン・フリードマンがシカゴ大学で教鞭をとっており、その弟子たちによってこの思想が広められたからでした。フリードマンは経済の問題を「政府の介入」により、この「神の見えざる手」が機能しなくなっているからであると論じ、公共事業などで経済に活気を取り戻そうとするケインズ派の経済政策を厳しく非難しました。そして、彼の処方せんを単純化すれば「全てを市場の支配の元に置くことにより、全ては合理的になる」というものでした。要するに「売り物になるものはすべて売り物に」という議論です[# 一般に彼らは国家に許された経済介入は通貨政策だけであり、それ以上は市場の合理性の発動を疎外すると論じます。このことから彼らをマネタリストとも呼びます]。ATTACのキャッチフレーズの一つに「世界は売り物ではない」というのがありますが、これはこういう思想から、生活や地域を守っていこう、ということを意味しています。



◎用語解説
ワシントン・コンセンサス:
 アメリカ政府、世界銀行、IMF(国際通貨基金)によって合意された世界経済政策の方向性。これらの機関がすべてワシントンに拠点を置くため、そう呼ばれる。

新自由主義:
 シカゴ大学のノーベル賞経済学者、ミルトン・フリードマンとその門下生たちによって広められた経済思想。多くの大企業は株式会社であり、株価を上げることが唯一の目的である。また、企業が株価を上げようとする努力は市場の調整能力によって結果的に社会にとって一番効率のよい状況を作り出す。そこで、国家の役割は通貨供給量を決定する程度にとどめ、教育や医療などの公共サービスも可能な限り市場原理に任せるほうがいい、と主張される。

WTO(世界貿易機構):
 1995年につくられた新しい国際機関。世界の貿易の円滑化のための話し合いが行われるが、特に農業や知的所有権などの問題で、各国の実情を無視した際限ない自由化が押し付けられることへの批判が、第三世界諸国と各国NGOからあがっている。

構造調整プログラム:
 主にIMFと世界銀行によってつくられた貧困国の経済改善プログラム。政府支出の切り下げや外国資本の受け入れ、国営企業の解体、などが含まれる。80年代から90年代に多く試みられたが、そのほぼ全てが失敗に終わったと批判にさらされている。

グローバリゼーション:
 単純な言葉の意味は、物事が世界規模になったり、世界中で同じものが手に入るようになったりすることだが、近年は特に貿易が円滑化されたり、各種の国内規制が撤廃されて多国籍企業が進出しやすくなることを指す。経済、経営を専門とするシンクタンクなどがグローバル化指標などを発表しているが、これは後者の意味での「グローバリゼーション」が企業進出や投資のしやすさを表しているからである。
 社会フォーラムのような場で、草の根の交流が進み、民主主義や人道主義、言論の自由などの価値が共有されていく過程を、これに対抗して「下からのグローバリゼーション」と呼ぶこともある。


◎参考文献
 大島 春行 , 矢島 敦視 2002 『アメリカがおかしくなっている: エンロンとワールドコム破綻の衝撃』?日本放送出版協会

 ジョセフ・E・スティグリッツ 2002 『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』徳間書店
 
 グレッグ・パラスト 2004 『金で買えるアメリカ民主主義』 角川書店(文庫)

 バリー・グラスナー 2004 『アメリカは恐怖に踊る』 草思社

 相田洋他 1999 『マネー革命』1〜3 日本放送出版協会

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このページは、かすががMay 8, 2004 11:59 PMに書いたブログ記事です。

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